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青木晴海『生きのびるためのがん患者術―伝わる「ことば」の使い方』岩波書店 2012年

 いわゆる闘病記ではないし、「生きのびる」ための新しい治療法とか薬の紹介でもない。病院でのさまざまな人間関係――医師、看護師、検査士、その他たくさんの病院スタッフ、入院したときの同室の人々、その家族たち、etcのなかで、「ことば」のちからでどう結び合って望ましい医療体制・サポート体制をつくるかが自己の経験を通して描かれている。
 気管支鏡検査のために長期間声を失うという大学講師にとっては致命的な経験の中でも決して感情的にならずに、しかしこれ以上被害をこうむらないために自分の身を守るにはどうすればいいか。治験を薦める医者にどう断ればいいのか。シャワー室の前をうろうろしたり女性室を覗きにくるようなセクハラ患者にどう対抗するか。病状のステージで序列ができてしまう病室のなかでどのように平常心を保って行くのか。
 読んでいてもっともショックを受けるのは、治療以前の問題のあまりの多さである。病院名など固有名詞はまったく書かれていないし、いくつもの病院を著者は経験しているが、多くの病院がこんな状態なのだろうか。セクハラとか病室内のいじめなど人間関係のあるところどこにでもあるといえばそうだが、病気から来る痛みや不安、治療の過酷さに加えて、このような状態に身を置いているのは大きな精神的苦しみにちがいない。その困難を著者は冷静客観的に「ことば」の力で乗り越えようとする。
 「悩み、相談し,独りよがりにならないように気をつけながら、少しずつ自分の気持ちを『ことば』にして、患者として成長してきました。それが、病気を受け入れ、苦境を乗り超える力となったのです」。
 しかし、同時に著者は病気を知人に伝えたときに、「覚悟なさい、あと6カ月」と言われて、そのことばに囚われ、打ちひしがれ苦しみもがいたという経験を明らかにしているが、ことばは人を癒したり励ましたりすると同時に、人を不幸のドン底に落とす。
 『ことば』の威力をあらためて感じる。
 巻末の「がん患者便利帳」と「がん患者を支える方へ」は著者自身の体験からのことばで懇切丁寧に書かれていて、ここを読むだけでも患者が何を悩み何に困り何を希望しているのか、それらに少しでもこたえるために周囲は何ができるかがよくわかる。たとえば、「外来に来るときに」という項目。「喪服で病院に来ないでください。がんを患っているとどうしても死を意識してしまいます。喪服姿を病院で見たくないと思いました。医者に挨拶にくるときでも、コートを羽織るなど喪服を他の患者に見せないように気を配ってほしいものです。」黒いブラウスを着て見舞いに行くのも控えるのがエチケットではないか。でも、こんなふうに細かに書かずにはいられない、実態があるのだろう。
 また、「日ごろの体調管理」で「入院すると、孤独に耐え、ひとりで一日すごすことになります。その気持ちを癒すためにも、メールをやりとりできるようにしておきましょう。」
 『ことば』を大事にしている著者ならではのアドバイスである。
 現代の医療の深刻な問題点を「ことば」という側面から光をあてたユニークな1冊。(巳)
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