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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
田中美穂著『わたしの小さな古本屋−倉敷「蟲文庫」に流れる優しい時間』洋泉社 2012年

 著者のことは、愛読する雑誌クウネル、そして岡崎武志『女子の古本屋』(ちくま文庫、2011年)で知って以来、ひそかに注目していた。クウネル等の紹介で、「なんだかいいなあ、倉敷に行きたいなあ」と思っていたのが、この本で益々強まる。
 子どものころから要領が悪く、計算が苦手で、コミュニケーション能力も低いほう。「お勤めには向かない」との自覚があった。そして、本が好きで、資金がない。そんな21歳の女性が、「では」と古本屋になろうと思い立った、と言われても、中年社会人としては、「ひ、飛躍がないか!?」と心配になるが、「古本屋以外何も思いつかなかった」という著者はその後20年以上蟲文庫を経営してきたのだから、立派なものだ。
 有名、無名の様々な人、様々な本との大切な出会い。狙っているのかいないのか(後者だろう、間違いなく)、朴訥な文章スタイルそれ自体から、ひとつひとつの出会いをゆっくりゆっくり、大事に大事にしていることがわかる。それらの出会いからライブや展覧会も時にはやってみたり。駄菓子、トートバッグ、ぬいぐるみなども売ってみたり。
 中でも、表紙の写真の女性のところに焼け焦げがあるリチャード・ブローディガンの『アメリカの鱒釣り』が印象に残る。友部正人ファンである著者は、友部が本の中で、この『アメリカの鱒釣り』を紹介している文章を、記憶していた。近所で友部のライブがあった際に、著者は雲の上の人のような友部に「古本屋を始めるんです」とチラシを渡すのが精いっぱい。ところが、その2,3か月後、なんと友部本人から「引っ越しをするので、本の処分に困っていたところです。よかったら店に並べてください」と段ボールに数箱分の蔵書が届いた。友部本人が本を送ってくれただけでも、古本屋をはじめた甲斐があったと呆然としつつ、気を落ち着けて中の本を確認したところ、その中に焼け焦げのある「アメリカの鱒釣り」を見つけて息をのむ。
 ほかにも、引っ越し前の店に、いつも酔っ払って入ってきてキリスト教関係の本を買っていったおじさん。こんなの買うくらいなら酒のほうがましと女房に怒られると照れながら、常連でいてくれた。しかし、店舗を転居した後、お知らせも出来ず、おじさんは来られない。しばらくして、近所でふと見かけ、申し訳なく、切なく思った。と、そこでとどめるのが、著者らしい。「転居したんですよ」と話しかければいいのにと思うが、そうする人ではないのだ。
 苔の観察が趣味。『苔とあるく』という著書もある。下を向いてゆっくり観察するのが好きなのだ。新しい店の裏庭に望遠鏡をつけて星空も見上げる。下と上、どちらもゆっくり眺める。
 何かクウネル愛読者にとって憧れの店、ライフスタイルを実現したかのようだが、何らのてらいもない。値付けに怒った客に怒鳴られたり、クウネルなどに紹介されるまでは郵便局のバイトなどかけもちするなど生活が苦しかったり(古本屋一本に絞れた今でも暮らしていくのがやっと、続けていけるのが自分でも不思議だそうだ)、そんなに甘いことではなさそうだ。しかし、おとぎばなしを読んでいるようにほのぼのとする。
 海外に飛び回る客が、著者のような、一か所に留まり何年も変わらない生活をしていることを羨む。著者は、あなたがそんな生活をしたら、海外に飛び回りたいと思うはずと言うと、客はそうだねと納得する。私も、そうだろう。いいなあ、おとぎばなしのような生活だなあと思うけれども、毎日あくせくした生活が私の性分には合っている。それはそうでも、一瞬こういった生活に触れて豊かな気持ちになれる。こういう古本屋があると思うだけで、嬉しくなる。読了時、「ありがとう」とつぶやきたくなる本だ。(良)
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