判例 女友だち 映画ウォーキング 情報BOX わがまま読書 リンク おたより欄
わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
酒井順子『ユーミンの罪』講談社現代新書 2013年

 藤山直樹先生の『落語の国の精神分析』にも紹介されていた立川談志の言葉「落語は人間の業の肯定である」を置き換えて、著者は言う、「ユーミンの歌とは女の業の肯定である」と。もっとモテたい、もっとお洒落したい、もっと幸せになりたい…等の「もっともっと」の渇望のみならず、嫉妬や怨恨、復讐に嘘といった黒い感情をも、ユーミンは肯定してくれた、と。しかし、さらりと「感情の黒さも、時にはシックよね」と思えるように加工してくれたので、女たちは女の業を解放することに罪悪感を持たずにすんだ。晩婚化、少子化、女の社会進出、性の解放、それらはユーミンだけによるものではないが、ユーミンの歌と女性の変化、女性を取り巻く社会の変化は分かちがたく絡み合っている、と著者はいう。
 救ってくれた反面、ニンジンを追っている間、「ずっとこのまま、永遠に走り続けていられるに違いない」と「私たち」に思わせたことが、「ユーミンに犯した最も大きな罪」と「老兵」(ユーミンの歌は「LOVE WARS」とそのまんまなタイトルもあるように女の軍歌であると著者は喝破する)たる著者はいう。
 と、まとめてしまうとつまらない感があるが、著者より2歳下で今から思えばウソのようなバブル時代に青春を過ごした私としては、恥ずかしくも懐かしい、ユーミンがきらきら輝いていた時代を思い出し、ところどころで涙した。私は、バブルであろうとなかろうとユーミンの後輩である著者のように都会で遊ぶすべも知らず地味に暮らしていただけで、ユーミンがスキーやサーフィンなどレジャーのシチュエーションにおける出色の「助手席ソング」を書いているそのまんまをなぞってきたかのような著者の感慨を読むと(へら鮒釣り研究会・奇術研究会の彼よりラグビー部やアメフト部の彼が上でその中でも目立つポジションの選手の彼女のほうが上などと女たちには序列があったとか…マジですか)、おお〜そのような「私たち」もいるのかと感心するばかりではある。結局ドルフィンには行かなかったと著者もそのまんまはなぞっていないらしいが。しかし、そんな私でも、ユーミンの「埠頭を渡る風」「シンデレラ・エキスプレス」等々を聴けば、ぐぐーっと切なくなる(恥っ)。今では恋バナを語れば「キモッ」と陰口をいわれそうなオジサン、オバサンにも、そんな時代があった。彼ら彼女らは、ユーミンとか山下達郎とかサザンとかがいなければ、当時盛り上がったほど恋に浸れなかったかもしれない(殺風景な中央自動車道がユーミンの歌のおかげで「夜空への滑走路」気分を味わう恋人たちであふれた等…)。でも、時代の変化の中で、「私たち」は恋に浸っているようで、ちゃっかりしていた。著者がツッコむように、「シンデレラ・エキスプレス」の女は恋にうっとりしているようで、自分は東京の仕事等を辞めてカレについていく気はさらさらない、カレがこっちにガラスの靴をもって戻ればいいと思っているなど、譲ろうとしていなかったのである。
 当時私もあまりユーミンの歌詞を聴いておらず、ふられた後いつもお洒落をし見返してやると気合いをいれていたのに(怖い…)安いサンダルを履いているところでばったり元カレに会った程度のことを劇的に歌うのが(Destiny)ついていけない(笑)くらいに思っていたけれども、精神世界に入り込んでいたり、カラリとしていても自殺等を描いていたりしていたことを改めて知り、興味深い。
 さらさら読み進めて懐かしいな〜で終わっていい新書であるが、中教審で「自由を失いたくないから結婚しない女性がいて、世代をつなぐ発想がない」「自由には責任が伴う」などの意見が出ているという現在、悪気がなく書かれた本著が、「女性が身勝手になったから少子化が進んだ」といった実証的でない言説を裏付けてしまうのではないかと気が気でない。(良)
Copyright(C) 2001 GAL. All Rights Reserved.
 
TOP BACK