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古谷経衡『若者は本当に右傾化しているのか』アスペクト 2014年

 「若者の右傾化」。懸念する左も、肯定的に捉える右も、「若者の右傾化」という事象があると考えているが、左派による勝手な事実誤認、右派による願望によって、でっちあげられた虚像である、と著者はいう。
 たとえば、映画「永遠の0」がメガヒットしたのは、「右傾化の象徴」と警戒された。しかし、戦争賛美や特攻礼賛ゆえにヒットしたというなら、それらの保守的なイデオロギー性の強い映画が興行的にことごとく失敗していることの説明がつかない。「永遠の0」がメガヒットしたのは、単純にエンターメントとして優秀であったからである。むしろ、反戦映画として受け止めた20代の若者も多い。
 「若者の右傾化」論を広めたのは、2002年の香山リカさんの『ぷちナショナリズム症候群 若者たちのニッポン主義』であった。同書は、同年のワールドカップをきっかけに、若者たちは、屈託のない愛国心を発露させている、と警鐘を鳴らした。しかし、この議論はまったく的外れである、と著者は言う。顔に日の丸をペイントし、「ニッポン」を連呼していた若者たちは、「ネット保守」三種の神器である「憲法改正」「自虐史観の是正」「國神社への崇敬」には全く無関心であった。日本代表が決勝リーグに進出するたびに道頓堀川に飛び込むような若者たちは決して右傾化の前衛ではなく、むしろ著者などサッカーに全く関係なく自宅でインターネットの掲示板をのぞいていた者たちが新保守の原型を形成していった。
 2010年に著者が初めて参加した保守派の集会には高齢の男性が全体の6、7割。見た目40代半ばの中年男性でも「大変目立つ」存在。茶髪ロンゲの27歳の著者は、もはや「異形」の風体。それから4年経った現在でも、保守派の集会の年齢構成は変わらない。これは少子高齢化の傾向の反映があるとしてもそれ以上に保守における若者の割合は低いという。
 著者が賛同人に名を連ねた田母神候補@都知事選に関連して、「若者=インターネットに支持された」と保守派は日頃忌み嫌う朝日新聞の出口調査をそのときばかりは好意的に引用し(保守派を自認する著者だが、保守派に対して辛辣でもある)、盛り上がっていたが、田母神氏の決起集会や街頭演説には、相変わらず中高年世代が中心であり、若者の右傾化とはかけ離れていた。そもそもリアルな政治的集会に参加するというのは、保守に限らず、そもそも若者は興味がないのだろうか。そのような漠然としたイメージも、2013年の参議院選挙で、保守派から「左翼」と罵倒されている山本太郎氏が堂々4位で当選したことで、根本から覆される。全国比例区で最多得票で落選した音楽家の三宅洋平氏についても衝撃を受けた。彼らの支持者の多くは、保守に対する支持者よりも、はたからみても年齢層が若かった。
 「若者の右傾化」は間違いではないかという著者の感覚は、内閣府等の調査等からも裏付けられる。保守派が喜んだ都知事選の朝日新聞の出口調査も詳細に分析すれば、田母神氏の得票は20代がことさら多いというわけではなく、「若者の右傾化」は歪んだ現状認識である。むしろ2013年の参院選の結果(山本氏のほか、吉良氏への得票を合せると、田母神氏の2倍の20代からの票を得ている)からすると、「若者の左傾化」をむしろ言ってもいい。朝日新聞の世論調査でも、「左右のマイノリティを比べると左の方が優勢」というのも、参院選の結果と同一である、という。
 ところで、これまた朝日新聞の調査によると、20代は「国のために戦いたいか」という質問に「そうは思わない」と回答する割合が全年齢で最も高い(79%)一方、首相が靖国神社に参拝することに賛成する割合が60%と圧倒的に多い。後者のみをとらえて、若者の多くが保守的なイデオロギーを有している、ととらえるのは、早計である。若者にとって、国神社への参拝への賛意と、保守的課題への賛意は、全く別物。彼らは、国神社への参拝は「戦争での犠牲者への追悼」とのみ受け止め、そもそも保守的課題としてとらえていないのである。
 「なぜ保守派は国神社、憲法改正、領土問題といったマクロな国家観になると饒舌になる一方で、多くの同胞にとって喫緊の課題である貧困問題には無頓着なのか」という著者の問題提起は興味深い。新保守は貧困問題に無関心であるどころか、敵愾心の域にまで達することがある。著者は、新保守が生活保護を「ナマポ」と呼称して揶揄し、「同胞」の貧困問題に冷淡な態度をとることに違和感を抱く。さらに各種調査を検討すれば、新保守の素顔は、東京や大阪を中心とした大都市圏に居住する、小規模自営業者を含む、比較的裕福な30代後半の中産階級であることもわかる(貧困と孤立に苦しむ若者が右翼に走っているというイメージも間違い)。彼らが低所得者層や若者の雇用問題、貧困問題に無関心で、国家論の展開に終始するのは、素直な帰結である。このような強者の、弱者切り捨ての理論が、深刻化する貧困や労働問題に直面する若者たちにいまひとつ支持を取りつけられない決定的な理由である、と著者は指摘する。そもそも、相応の地位を自らの力で獲得してきた優等生たちである保守派が貧困に冷淡なのは、貧困を自己責任の最終形態(怠惰の結果)と誤認しているからである。著者もかつては貧困を相当にバカにしていたが、自分自身がビジネスに失敗し、パニック障害の症状も悪化する時期を経て、自分の才覚が成功の要因の全てではなく、環境の結果も大きいことを悟り、後天的な自己責任だけで貧困や非正規雇用に零落するわけではないことを認識したという。
 著者によると、保守派は、2013年参院選で山本氏や三宅氏は「敷居を下げた」から若者の支持を取りつけたとする傾向にあるが、とんだ誤解である。Tシャツやクラブのイベントといった表層的なところで真似をするのは、間違いである。国家論という若者が関心のないことばかり言っていないで、そもそも保守思想の根幹である「同胞融和」に基づき、社会的弱者への救済にどう取り組むかを打ち出さなければならない。貧困に泣く同胞がいる場合、手を差し伸べるのが真の愛国者ではないか(そうしなければ、若者たちの共感を呼ばない)、と著者は締めくくる。
 私も常々右が「愛国」というならどうして「同胞」の苦境に冷淡なのだと疑問を抱いていた。この点、新保守からすると「左」とみなされることが間違いない私(自分では中道と思っているのだが)でも、様々な課題では見解が違っても、貧困や労働問題について初めて共感できる新保守の見解に出会えた気がする。今後も賢明で力強い発信を期待する。(良)
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