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神野俊文著『サッカーと人種差別』文春新書 2014年

 2014年3月8日の浦和ー鳥栖戦。サッカーに全く関心のない私でもSNSでどんどんシェアされた一部のレッズサポーターが掲出した「JAPANESE ONLY」の横断幕を何度も目にし、深く落胆した。しかし、瞬く間に拡散されたことは、サポーター内部から排外主義と差別に対する批判、抗議が沸き起こったということでもある。Jリーグの村井満チェアマンは、「放置は加担と同じ」として、浦和レッズに対し、サッカーJリーグ初の無観客試合という処分を科した。村井チェアマンの判断は迅速で適切であると感銘を受けたが、しかし、著者は、ヨーロッパでは、そのサポーターの属する集団の解散などもありえたという。残念ながら、サッカーのスタジアムには、様々な差別(人種差別、女性差別、外国人嫌悪、同性愛嫌悪…)の歴史が刻まれている。本著では、この20年ばかりの主だった差別に関わる事件を概観し、差別と闘ってきた人を紹介した上で、差別を粉砕するにはどうしたらいいか、考えていく。
 多数の事件を読み続けると、気が滅入っていく。どうして、ここまで執拗に差別をあらわにする人々が絶えないのだろう。2014年4月27日、FCバルセロナに所属するDFのダニエウ・アベスがコーナーキックを蹴ろうとした瞬間、相手チームのビジャレアルのレイシストのサポーターが投げ入れたバナナを広いあげ、一皮むき、急いで口の中に放り込んだことは、大きく報道された。バナナを投げ入れて、選手を侮辱する行為は、うんざりするほど繰り返されている人種差別の常套手段。バナナ自体が人種差別の象徴的記号と化しているともいえる。アベスは、そうした「習慣」に業を煮やしていたことは想像に難くなく、レイシストに対する強烈な皮肉として、いつか食べてやろうと思っていたに違いない。アベスがバナナを食べるシーンはTwitter上のハッシュタグによるムーヴメントとなり、世界中の有名なサッカー選手、そして無名人たちも、バナナを食べるシーンをアップした。このムーヴメントは感動的だった。しかし、「笑い飛ばすことではない。何も変えることができないから、笑い飛ばしてしまおうと誰もが言っているようだ」と批判を加える元選手もいたという。確かに、ユーモアでは、事態は収束させられなかった。有名になったバナナは、観客席から投げ込まれ続けている。幻想の「黒人」に向かって、「お前は猿なのだ」という人種差別を表象するアイテムとして、バナナは機能し続けている。
 差別に対しては、つねに「NO」を言い続けなければならない。もっとも、キャンペーンとして差別反対を訴え続けることが、特定の企業イメージの向上に結び付けられることが意図されることもあるかもしれない。つまり、名目としての差別反対の提唱。偽善や空虚な道徳主義は、何も変えない、ということも、各国で認識されている。
 真に、バナナを粉砕するにはどうしたらいいのか?著者は、自分を「サラエボっ子」といい、どの民族にも与しないコスモポリタンといたずらっぽい笑みとともに自称するオシムを例にあげる。私たちは、コスモポリタンのレッスンを怠らないようにしよう。さらには、幻想の「黒人」、幻想の「ジプシー野郎」を粉砕しようとする様々な試みを、どんな小さな場面からも掬い上げる準備をすること。最後に紹介される、ケン・ローチ監督の映画『エリックを探して』のワンシーン。郵便局員と、元マンチェスター・ユナイテッドの元選手エリック・カントナはサッカー談義を重ねる。外国人嫌悪の暴言を繰り返した観客を跳び蹴りして、出場禁止の処分を受けた元スーパースターのエリック・カントナは、郵便局員から、「あの観客は、蹴られて当然だ」と言われ、「懸命に練習した。心を強くもって、一人でくじけないよう目標を持とうとした。」と言葉を返す。郵便局員は「あんだだって、人間なんだものな」と応じる。すると、カントナは「I’m not man. I am Cantona」と返す。これはどういうことろう?著者は我田引水だが、と認めつつ、思索を展開していく。
 サッカーはスタジアムだけに完結していない。スタジアムは、社会につながっている。スタジアムで繰り返される差別は、この社会において差別が根強いことのあらわれなのである。何かに所属せざるを得ない人間だけれども、しかしその共同体にがんじがらめにならずに、外から眺める視線をもつ。コスモポリタン、あるいはアウトサイダーであること。カントナのセリフはそんな示唆をしているのではないか、それは私たちも必要なありかたなのだ、と著者はいう。私も同感である。ことに、排外主義的なヘイトスピーチが公然と行われるようになってきているこの日本において。(良)
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