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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
「仕事もしたい 赤ちゃんもほしい」(井上志津 草思社 2004年)

 いまどき、あまりにも当たり前の希望であるにもかかわらず、書名になりうるということは、一つは著者が新聞記者であって仕事と家事の両立が非常に厳しい現場に身をおいているという特殊性と、二つ目にはやはりまだまだこの両立に苦しんでいる女性が多いということなのだろう。
 妊娠から出産、家庭での育児そして保育園へ、約2年間の記録を毎日新聞のHPに書き込んでいったものを1冊にまとめているので、文章は平易明快、はじめての子どもに対する期待と不安が正直に書かれていて、いまの若いママの目線にあわせているせいか、HPへの好意的な反響もかなり多かったようである。
 私事になるが、私が育児をしたのは均等法も育児休業法もない時代。当然のように産休明けに配置転換された。しかもこの著者の場合と違って夫の育児への協力も全くと言っていいほど望めなかった(そんな配偶者を選んだのは自己責任でしょうがないが)時代に、無認可保育園と自前の学生アルバイトをベビーシッターに頼みそれでも、子どもが病気すれば欠勤せざるをえず出勤簿に蒼いスタンプが私の所だけに押されていく。積み残した仕事は内緒で持ち帰りなんとかこなしても結局は昇給には差がつけられた。映画はもちろんテレビを見ることもかなわず、自宅→保育園→会社のみを走っていた。そんな暗黒の日々が思い出されて私にはこの本はつらかった。
 1年間の育児休業後、映画の署名欄から外されて日曜版に回されたということに彼女はとても失望しているが(多分この本には書けないいろいろのことがあったのだろうとは思うが)、それでも休業後、法律に基づいて深夜業を免除、早出も他人より少ない回数という「育児や介護の体制に配慮した」配置と受け止めて、自分の仕事をもっと大事にできないものだろうか。だって制度はできていても育児休業などとりたくたってとれない人々はたくさんいるのだから。もし育児休業後の原職復帰が完全に保証されていないことの問題点を書くのなら、新聞記者なら自分のことだけにとらわれずにもっと社会的な問題に膨らませることができないのだろうか。
 子どもが何回も受けなければならない予防接種のことでも、「育児休業制度のない人はどうしているんだろう」と素朴な疑問を提出して、休日に注射をしてくれればいいのにと書いているが、たとえば私達の小さな会社ではもう30年くらい前から法定予防注射の付き添い時間を有給で男女共にとれるような制度がある。もちろん母親を中心とした働く人々が粘り強く要求してできたものだ。「ほしいものがあったら自分の手でかちとる」という発想はないのだろうか。均等法だって育児休業法だって、先輩の女性達が「ほしい」というところから出発して、ものすごい努力をして勝ち得たものだ。たとえば、定年差別禁止の条項が最初の均等法に入ったのは、たった1人で10年以上の裁判を頑張って勝訴判決を勝ち取った原告の努力の結果である。パーフェクトなものでないのは仕方ない。それは後から続く人々がつくりなおしていくものではないのか。新聞記者というのはそういうメッセージを発することができる職業であるはずだ。
 社内の圧力はいろいろあるのは当たり前だ。いつの時代だってそうだ。そこをなんとかうまくくぐり抜けながら少しずつ前進してきたのが、女性の歴史だと思う。世代の違いといえばそれまでだが、うまく歴史がつながっていないなあと残念だ。もちろんこれは先行世代にも責任があるのだが。
 ゴキブリの話が出てくる。著者はゴキブリに異常な恐怖心を持っている。1匹のゴキブリの出現になんと電話で実家や職場の夫に助けを求めるのだ。夫の指示に従って殺虫剤でようやくゴキブリを殺すがその死骸が恐くて5時間、赤ちゃんのいる部屋に閉じこもっていたという。職住近接の同業の夫がようやく帰って無言で始末をしてすぐにまた職場に戻ったというエピソードである。かわいい、ほほえましいと読むべきか。
 後半、両親の介護の問題が出てきてから、ようやく私は平静に読めた。
 私にもかなりの姑根性が入っていることがわかった。若いママと接するときは意地悪にならないように気をつけよう。
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