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権徹『てっちゃん ハンセン病に感謝した詩人』彩流社 2013年

 この本を買ったつれが、「読むといいよ」と渡してくれてから、一頁一頁大切に読むまで、ずいぶんかかった。正直に言うと、ちらっと開いては、慌てて目を背けたくなる気持ちになり、その自分の気持ちに気づくのが情けなく辛かったからだ。つれから同じく読むように薦められた子どもは「てっちゃん」の変形した顔を怖がった。そんな子どもをたしなめながらも、正直に怖がる子どもと、内心目を背けたい私とは全く変わらないと気づき、また辛くなっていた。しかし、先日、子どもの中学校に、療養所に隔離された経験をもつ元ハンセン病患者の方がいらして講演をしてくださった。元患者の方がある日学校へ行こうとしたら、突然机やいすが捨てられ、担任の先生から汚いと罵られ、来るなと言われたという。信じられないと衝撃を受けた子どもとともに、ようやくこの本を最初から最後までじっくり読むことにした。
 子どものころ、ハンセン病患者を見かけて、見苦しい、怖い、そんな印象を抱いたという著者は、韓国北東部の農村出身。著者が渋谷の写真専門学校に通いながら、身体障害者施設で介助の仕事をしていた1997年(らい予防法が廃止された翌年)の秋、草津のハンセン病療養所へのバスツアーに参加して以来、同療養所に通い、そこにいる人々のポートレイト写真を撮った。そのうちに、重い後遺症のあとが残る、72歳の詩人「てっちゃん」(桜井哲夫さん)に出会う。このおじいちゃんがつむぎ出すシンプルな言葉は、著者だけでなく、訪れる多くの人々の心をつかんだ。学生たちとてっちゃんが屈託なく腕を組んで笑顔でおさまる写真の数々。特に、てっちゃんの「孫」、てっちゃんの良き理解者で、釜山など、外の世界に連れ出す行動力のある介助者でもあるチョンミとてっちゃんのたわむれる姿は、孫とおじいちゃんの屈託のない様子そのもので、胸をつかれる。チョンミらがサポートして釜山の大学院でてっちゃんが行った特別授業は、笑いが絶えないものであった(学生たちの穏やかな笑顔の写真も素敵だ)。釜山国際市場をてっちゃんやチョンミらと散策していると、じろじろ見られた。しかし、決して興味本位ではない。彼らは近づいてきて、「火事でやけどしたの?」「痛かったでしょう。きょうまで本当にご苦労様でした」などと気遣って話しかけてくれたという。ありがとうというてっちゃん。レンズ越しにじーんとしたという著者。私も涙が止まらない。日本、あるいは私の住む東京だと、私も含めて、ぎょっとした上で、ぎょっとした表情を隠し、気づいていませんとばかりに無視するのが気遣いと思ってしまいそうだ。しかしそうではなく、このように声をかけて、素直に気遣いを示せたほうが、よほどあたたかい。
 本書は、「らいになって良かった」というてっちゃんの生き方だけではなく、他の元患者たちの苛酷な経験のレポートも収めている。療養所でもあった、在日朝鮮人への差別も重い。さらに、「反抗的」とみなされた患者たちが送り込まれた「特別病室」という重監房での監禁(衰弱死した人もいる)、植民地時代につくられた韓国唯一のハンセン病の療養所での、懲罰の手段としての断種や苛酷な労働など、ハンセン病(元)患者たちに対する差別と人権蹂躙の歴史、それもこの歴史がさほど昔でないことに、慄然とする。
 過酷な歴史を経験したはずのてっちゃんであるが、突き抜けて明るい。重い障害を抱えた顔になってしまっても、ということではない。自分の顔はいい顔だ、ときっぱり言う。「オレはね、自分の顔に誇りを持っているの。」という言葉にはっとする。「この顔には、苦しみや悲しみがいっぱい刻まれているのね。それを乗り越えてきた自信も。だからね、崩れちゃってはいるけど、いい顔なんじゃないかな。だってこの味わいは、オレじゃないと出せないでしょ」。一瞬みるとぎょっとしてしまった、崩れたてっちゃんの顔。丁寧に一枚一枚の写真の中でみていくと、豊かで生き生きとしていることに気づき、深く感動する。
 私も手にしてから読み込むまでに時間がかかってしまったが、じーんと感動しながらも、重い歴史と向き合う気持ちになるとても良い本であり、多くの人に読んでほしい。(良)
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