判例 女友だち 映画ウォーキング 情報BOX わがまま読書 リンク おたより欄
わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
開沼博「フクシマ」論 青土社 2011年

 いくら天下の東大生でも修士論文が商業出版社から出版されることは非常に珍しい。この400ページを越えた論文は、3・11以降の状況を加えてまさにタイムリーに堂々世に問うこととなった。
 修士論文であるので、必ずしも読みやすいわけではない。しかし、フクシマを歴史的、社会的、多角的に捉えており、それもインタビューや新聞記事、データなどを駆使しているので、現在の「反原発」「脱原発」を考える枝をたくさん提供してくれている。
 広島、長崎、ビキニと日本は3回も被爆した。戦後の出発は原子力への拒否から始まった。それが「原子力の平和利用」がいわれ、60年代に入って「鉄腕アトム」や「ドラえもん」のマンガも親原子力を後押しした。いやー、あの「ドラえもん」が原子炉を動力としているとは知らなかった。時々こういう発見があって目が覚める。
 いまでもたびたび大きな余震があって、テレビによく名前の出てくる福島浜通りは、戦時中に軍が用地買収し、戦後、堤康次郎が塩田として、利用しており、その後、塩田の利用価値がなくなったことで、原子力発電所を建設することが容易であったこと、そして「福島のチベット」といわれた地域の貧困が、ここに原発の誘致がスムーズにおこなわれたことの理由である。この誘致に成功後、大量の人、金が村の経済を潤し、土建業、運送業、民宿、飲食業が次々にできて、それまで静かな農漁村が原子力ムラに変貌していく。80年代以降、住民の3-4人に1人が原発関係の職種についており、さらに周辺の関連事業を含めればほとんどの住民が原発とともに暮らしている。そして原発反対派さえ、反対すればするほど国や電力会社が地元を懐柔しようとしてさらに金を落とす、また、原発の安全度を高めることになるから逆説的に役に立つという事態が生じる。
 その後、チェルノブイリ事故やスルーマイルの事故により、原発の危険性が認識されるようになり、福島第2原発の誘致は第1のようにはスムーズには行かなかった。
 このような原発を巡る人々の意識の変化がビビッドに伝わってくる。
 そして電力という今の時代の基本的エネルギーをうみだすものについては同時代を生きた私たちがいかに真剣に考えてこなかったかをつきつけられる。
 原子力の怖さについては人一倍神経質であった日本人がなぜ、「クリーンな原子力」に幻惑されたのか、「原子力の安全神話」がいかに根拠のないものであるのかが、うかびあがってくる。
 著者は、本書のテーマは「原発」を通して、日本の「地方と中央の関係」と「経済の高度成長」のもたらしたひずみを描きたかったと述べているが、この目的はかなり達成されていると思う。また3・11以前は「原発」をとおして日本の近代化に迫るという方法はまったくマイナーで、周囲の人に怪訝な顔されたと述べている。彼自身は触れていないが、彼が福島の出身だということも関係あるだろう。行間にフクシマへの愛を感じる。
 これから期待したい研究者の1人である。(巳)
Copyright(C) 2001 GAL. All Rights Reserved.
 
TOP BACK