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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
山本美香『戦争を取材する 子どもたちは何を経験したのか』講談社 2011年

 −世界の戦争を知らせることで,世界を良い方向にきっと変えられるはず!−
 −世界は戦争ばかり,と悲嘆している時間はありません。さあ,みなさんの出番です。−
 2012年8月,シリアで銃弾に斃れたジャーナリストの山本美香さん。彼女は,子どもたち,そして大人たちにとても大切なことを伝える宝物のような本を残してくれていた。
 世界各地の戦場を取材しながら,「私は立派なことをしているでしょ」と偉ぶった上から目線は一切ない。むしろ,医師のように実際的に役に立つことができないと無力感を感じることもあった。しかし,アフガニスタンで栄養失調と寒さが重なって子どもが死んでしまい悲嘆にくれる父から,「ありがとう。世界中のだれも私たちのことなど知らないと思っていた。忘れられていると思っていた。」と涙を流しながら感謝されて,衝撃を受ける。そして,ジャーナリストの仕事に全力を注いでいく決意が固まったという。目の前の苦しんでいる人の存在を世界に伝えることで,少しずつ,でも確実に,平和な世界につないでいける。そう山本さんは信じていた。
 読みながら涙があふれて仕方がない。美しいリゾート地だったレバノンのベイルートがイスラエルから爆弾を落とされ破壊されてしまったこと。「ピンポイント爆撃」といえば,狙った建物だけ破壊するかのよう。しかし,ミサイルの当たった建物だけではなく,その周辺も破壊し吹き飛ばし穴にしてしまう。その穴の中に,人も家も車の何もかも押しつぶれてしまう。クールな言葉に騙されず,多くの人が殺されるという苛酷な現実を生々しく教えてくれる。
 コソボの対人地雷で足や目を喪った子どもたち。ウガンダでゲリラに兵士にされてしまった子どもたち。アルジェリアで,武装集団に襲撃され友だちが目の前で殺された,その教室で勉強を続ける子どもたち。チェチェンで,廃墟の中で助け合う戦争孤児たち。フセイン政権が崩壊したときの,イラクの人々の様々な声。一部にあった期待も失望に変わっていったこと。ちょっと前まで学生だったアメリカ兵は,何で守ってあげているのに攻撃されるのだと戸惑う。現実の世界では,テレビや漫画のように,善悪ははっきり分かれない,立場が変われば見方も全く違ってくる。自分たちは正しいと思って譲らないことが,戦争の原因になってしまう。
 山本さんは,惨い出来事をリアルに知りながら,でも絶望しなかった。第6章,コソボで,お母さんたちとはぐれてしまった12歳の少年に会う。その少年に付き添っているのは,肉親ではなく,逃げる途中で知り合った63歳の男性。男性は妻を亡くした悲しみでいっぱいだったが,家族とはぐれた後遺体をたくさん目撃し口がきけなくなっていた少年と出会い守ってやると決めたという。その後も少年が気になっていた山本さんは再びコソボに向かい,少年を探し,母に出会えたことを知る。少年はまだ死の恐怖に暗い気持ちになることもある。でも,再会した家族と村に戻ることができた。命の恩人である男性と家族ぐるみのつきあいが続く。新しい生活の中で,少しずつ以前の笑顔を取り戻してほしいと山本さんは願う。
 本の帯には,少年の肩を抱いて笑顔を浮かべる山本さんがいる。恐らくは,誘拐されて少年兵にさせられ,だれを傷つけても殺しても気にならなくなった経験を持つ子どもたちの一人のはずだ。子どもたちは,救出されても,適切なケアを受けなければ,酒や薬物に溺れ,犯罪に手を染めてしまうこともある。あたたかく忍耐強いケアが必要だ。少年の肩を抱く山本さんには,残虐な経験を過去のものと受けとめ,少年が脱却できると信じる力強さがある。明るい笑顔で信頼されること。それは,少年にとってどんなに救いとなったことか。
 子どもたちに向けて,とてもやさしく(易しく・優しく,二重の意味で),平和な世界をつくっていくのはあなたたちだ,たゆまぬ努力を続けようと,切実なメッセージが伝わってくる。優しさは,苛酷な社会の子どもたちに対してだけではなく,戦争が実体験としてはないこの社会の子どもにも向けられている。山本さんは,今どきの子どもは,と安易に切り捨てない。小学生から「戦争をなくすなら世の中をリセットしちゃえば早いよね」との言葉を聴いたら,私ならば,つい,「全くゲーム世代は短絡的なことを言うもんだ」と眉をひそめるだろう。しかし,山本さんはそんな決めつけはしない。リセットできれば楽だけど,そんなことはできないのが現実。そんなことはわかっているけれど,ふと出てしまった言葉でしょう,と。いまどきの子どもとよばれるみなさんのことを信じている,講演で出会った子どもたちの表情がわずか1,2時間でみるみる変わっていくのを見ているから,みんなのやさしい心や繊細な心を知っているから,と。どこまでも,子どもたちを,人を,信じ,優しい。山本さんが,戦争を,人が人にどんなに陰惨なことをするのかを知っていることを考えれば,なおさらこの優しさ,前向きさは,救いである。
 子どもだけでなく大人にとっても読み応えがあり,心が揺さぶられる本著は,「領土問題」をめぐり敵意を煽る言説がにわかに飛び交うようになった今だからこそ,尚一層,多くの人に読まれる必要がある。山本さんと実際に面識のなかった私でも,心よりご冥福をお祈りする…という言葉では言い尽くせない,重い痛みを感じる。せめて,彼女のメッセージが多くの人に伝わるよう,願ってやまない。(良)
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