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杉山春『ルポ虐待−大阪二児置き去り死事件』ちくま新書 2013年

 児童相談所の嘱託の仕事をしていた関係で、虐待が生じる場の一端を感じ取ってきた。貧困、孤立、病気…。湯浅誠のいう「ため」の足りないところで、慈しみ支えられなければ育っていけるはずのない子どもが、放置され、あるいは、暴力を受ける。いたたまれない。でも、決定的な事態にならないうちに、発覚してよかった。児童相談所に投げ出してくれてよかった、養育する能力が十分ではない親でも、そのことを自覚する力、関係機関につながろうとする力を備えてくれていて、良かった…とうっすらと思っていた。もし、直視する力がなかったら…。周囲が虐待のサインに気づかなかったら…。不安がよぎっても、そこまで人間性は堕ちることはないと打ち消していた。大阪二児置き去り死事件は、打ち消していた不安を直視するよう促す。
 事件の経緯をたどる本著を読むことだけでも大変辛い。発見後、冷蔵庫内のいたるところに汚物にまみれた3歳の長女の手のあとがあったという。幼い子が、飲み物を、食べ物を、必死に探していたのだ。サバイバルしようと絶望的な努力をしていたのだ。住民たちは、何日も、異様な泣き声を耳にした(通報した人もいる)。泣いても、助けが来ない。母も、父も、祖父母も、誰も助けに来ない。子どもたちの経験した底なしの地獄。文字通りの地獄を想像し、胸が押し潰される。
 「何の問題もない」、「優しい」、必要に応じて公的サービスを使う若い母親。結婚していたころを知る人たちはそう語る。しかし、離婚して家を出てから、衰弱した2人の子どもを放置するまで、わずか1年。その間数度の転居をしている。子どもを抱え、家を失い、友人宅等を転々とする若いひとり親は実は少なくない。著者は、この事件を母親個人の異常な行動の結果と片づけず、この社会の変容のサインと受けとめる。そして、それは残念ながら正しい評価なのだろう。著者が取材した行政関係者は口々に「これまでの経験では考えられなかった」という。「母親が夜遊びをしているというのはあった。しかし、子どもを残して、帰ってこないということは想像できませんでした。」などと。「これまでの経験」では考えられない事態が現実になっている。
 たとえば、風俗嬢は、国政調査に回答しないなど、社会から姿を消す。本件では、近隣住民からの通報に、子ども相談センターの職員がマンションを訪れた。チャイムを鳴らしたが、反応はない。ドアに鼻を近づけ、臭いをかぐ。子どもをネグレクトしゴミ屋敷となった家からはすえた臭いがするからだ。しかし、気になることはなかったという。引っ越ししてから、一度もゴミを捨てていなかったというのに。コンビニで買ったものしかなかったからだろうか。郵便ポストに、不在箋を入れた。子ども相談センターは、ポストにあった宅配便の不在票から母親の名前をメモし、区内の住民登録を調べた。しかし、その名前は登録されていなかった。
 虐待死事件が起こると、世の中は児童相談所(児相)を指弾する。しかし、児相が動き出すのは、具体的な危機を感知したときなのだ。児相は、日々具体的な虐待の事案が押し寄せる「野戦病院」である。大阪市では2009年の虐待死事件をきっかけに、2010年24時間態勢の虐待ホットラインが作られていた。ホットライン設置を機に、通告数は莫大に増加した。児相は、48時間以内にそのすべての通告につき、子どもの無事を確認する。だか、それに見合うだけの職員の増員はない。そんな中で、この事件の情報は、「子どもが泣いている」ことだけだった。本当に親子が住んでいることすらわからなかったのだ。具体的な事件に集中してしまった児相を容易く責めることはできない。
 母親は、二児を置き去りにしながら、SNSに「妊娠しました♡」と書く。「愛されている自分」というアイデンティティに沿うイメージを書き綴る。子どもの世話に困難を抱えた自分を直視しない。子どもがいることを知っている友人には、「ストーカーに困り、実家の母に預けた」と嘘をついた。母親が嘘をいうことを知っている友人の中には、それが嘘だと感づいている人もいた。追及しなかったある人は言う。「僕は否定したり断ったりするのが苦手なんです。」母親の周囲では、誰も踏み込んで尋ねようとしない。
 子どもたちを最後に他者が見たのは、変わり果てた姿で見つかった2010年7月30日の2か月半前の5月16日。母親は、付き合っていたホストとともに、娘の3歳の誕生日を祝った。痩せて衰弱し、笑うことができない娘と息子。ホストの男性は、異様さを感じなかったのか。彼も通報などしなかった。
 父子家庭で育った母親。母親の父は、荒れる高校のラグビー部を再生させた教師である。負けることを許さず、感情を閉ざして勝ち抜けることを良いこととする価値観の中で、母親は育った。母親の母親は、布団の中に男性と一緒にいるところを母親の父親に見つけられ、子らを連れて出て行くが、子らを放置した。母親には、「お母さんに嫌われているのだ」という記憶が残っている。西澤哲氏は、母親が幼いときに受けていた虐待は「中〜重度に当たる」と証言した。
 母親が在籍した学校の関係者は言う。「(母親は)友だちとはいつも自分が上だという力関係を作ろうとした。自分の方が秀でていないと人とつながれない。人間関係を人と人との力関係で見ているところがありました。」強くなければならない。敗者であってはならない。そんな価値観がしみ込んでいたのだろうか。小学校時代は優秀だった母親は、中学生になり「いじめられたのを見返してやりたい」という理由で髪を染め、外で仲間と過ごすようになった。
 バイト先で知り合った大学生の父親と結婚すると、ママサークルを立ち上げ、完璧な母親であろうと頑張った。しかし、理由もなく浮気し、それが発覚して注意されても止めず、子どもを放置して友だちの家を転々とする。祖父母もまじえた「話し合い」で、離婚と、二児を母親が引き取ることが決まってしまう。母親は「自分には育てられない」と言ったという。しかし、周囲は、あたかも母親に対する懲罰のように、二児を母親が引き取ることを決めてしまった。二児を置いて出て行ってしまったこともある母親、経済的に自立もしていない母親が、たった一人で幼い子どもたちを育てろということが、母親だけでなく、当の子どもたちに苛酷であることを、誰も察知しない。その上、養育費や面会交流の話し合いも一切なかった。母親から時折きたメールでちゃんと育てているのだろうと思っていたと父親は言う。話し合いの後、父親は、母親と子らを滋賀の男性のもとへ連れて行く。まるで厄介な荷物のように。浮気相手でもない、見知らぬ男性のもとにわが子を預けることに(現に、2,3日しか母親はその男性のところにいなかった)、父親や祖父母に不安はなかったのか。母親は、離婚後、長男の1歳の誕生日を動物園で祝おうと父親を誘ったが、父親は断る。母親だけではなく、父親や祖父母の子どもに対する愛情の希薄さはなんだろう。一審判決は言う。「被告人が離婚して子らを引き取ることが決まった際、子らの将来を第一に考えた話し合いが行われたとはみられず、このことが、本件の悲劇を招いた遠因であるということができ、被告人一人を非難するのはいささか酷である。」
 著者が取材であった母親の中学時代の非行仲間の女性たちのほとんどは十代で結婚し、子どもを持ったが、そのうち離婚しなかったのは10人中1人だった。その1人は、子育てを助けてくれる母親がそばにいた。だから、離婚しなかった、という。自立する力の乏しい家庭にとって、親の物心両面の支えが命綱なのだ。離婚後いったん母親は自分の母親のもとにも身を寄せるが、「性格が不安定な母のもとにはいられない」と出て行き、命綱を自ら切ってしまう。
 この母子だけではない。事件後の毎日新聞の調査によると、出生届が出ているのに乳児検診を受けず、行政が所在を確認できない子ども(0〜3歳)は、日本全国で355人。DVから避難している母子も多くいよう。しかし、それ以外は行方がわからない。仕事の非正規化で職場等の人間関係も疎遠。親や親族との関係も希薄化。そんな状況を背景に、行方がわからなくなる子どもたちが多々いる。地域を超えての連携がなければ、子どもたちの情報は公的機関に集積していかない。
 一審判決は、有益懲役の最高刑である懲役30年に処するとし、控訴審も維持し、上告も退けられた。
 一審判決は言う。「被告人が自分の意思で子らを引き取ると決めたのであるから、被告人は母親として、責任をもって子らを適切に養育すべきであった。(略)被告人が真剣に子らのことを考えるのであれば、あきらめたりせずに(略)、最後まで助けを求めるべきであった。」正論だ。しかし、と著者はいう。自尊感情が弱い人間は、自己主張し、助けを求めることができない。それがネグレクトの本質なのだと。早期介入が出来なかったことこそ、この社会は反省しなければならない。
 最後に、一審判決は言う。「本件で亡くなった子らのような被害者が二度と出ることのないよう、行政を含む社会全般が、児童虐待の発見、防止に一層努めるとともに、子育てに苦しむ親に対して理解と関心を示し、協力していくことを願いつつ、被告人に対し、有期懲役の最高刑に処することとした次第である。」願いつつ、までは正論だが、そのことと最高刑に処することは、直結しない。正論の呼びかけは、空しい。個別の事件を事後的に判断し、刑罰を科すしかない司法の限界である。
 では、どうすればいいのか。正論が頭の中によぎっていくが、空しい。いや、そう嘯くことも空しい。無力感に打ちひしがれているだけではいけないのだ。(良)
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