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北尾トロ『傍聴弁護人から異議あり!』現代人文社 2013年

 刑事裁判傍聴名人の北尾トロさんによる、検察官(ときに裁判官)VS弁護人の熱い攻防の実況レポートである。「第1法廷」から「第8法廷」、さらには、最後に収められた坂根真也弁護士との対談まで、一気に読ませる。コンパクトだが、被告人や被害者の人生模様、隠されつつもにじみ出る弁護人の苦労苦悩、さらには憲法上保障された弁護人による弁護を受ける権利の意義までリアルにわかることができる濃厚な一冊である。
 どの弁護人も、信頼できる弁護士たちである。この業界も広く、中にはヒドい弁護人もいると聴くので、エキスパートたちだけが紹介されていることに、まずは業界人として安心しながら読める。もっとも、「傍聴弁護人」と自称するほど弁護人の秘めた燃える心に共感して伴走するかの如く傍聴する北尾トロさんの目を通してでも、遠慮がちながら、今いち弁護人の意図が不明ではないか、もう少し工夫の余地があるのではないかと、指摘される。随所にあるこれらの指摘は、これから裁判員裁判を担当する弁護士たちにとって、大変参考になろう。何しろ、裁判員は、北尾さんほど弁護人の苦労に共感的ではないはずだから、もっと厳しい視線を向けているに違いないのだから。刑事弁護から長く遠ざかっているとはいえ、弁護士のはしくれである私としては、率直にいって、「もう少し工夫できなかったのか?」と呟きたくなる弁護もないではないが、しかし、記録も読んでいないし接見もしていない以上、弁護人たちはひっそり人知れず苦労したのだろうと、容易く批判はできない。「この事件を弁護しろといわれても材料も乏しく厳しいだろう」という同情も感じてしまう。身内、業界人だとつい甘くなるということか。となると、なおさら、北尾トロさんのコメントは貴重だとしかと受け止めるべきだろう。
 まずは厳しいことを書いてしまったが、エキスパートたちによる弁護に感心することのほうが多い。正真正銘身内の弁護士による第1法廷に対するコメントはさすがに控えるとして、圧巻は「あやふやな証拠を叩きつぶせ!」と題された傷害致死事件の第4法廷。誰もが認めるエキスパート中のエキスパートである高野隆弁護士と趙誠峰弁護士による弁論は、読むだけでも鳥肌がたつ迫力。「推定無罪」というが、刑事裁判の現状は「推定有罪」であると、傍聴マニアたちも弁護士も知っている。しかし、高野隆弁護士は、冒頭陳述から、推定無罪こそ原則だ、と裁判員を説得する。その後も検察官の被告人質問への的確な異議など、終始法廷をリードする。80分に及ぶ最終弁論の最後の数分間が再現して収められている。何度繰り返し読んでも涙が出るこの箇所のためだけでも、本書を読む価値がある。裁判員は、高野隆弁護士が最終弁論で訴えた裁判員の責務をしかと自覚してくれた。この事件の判決は無罪。推定無罪の原則のもとでは当然であるとはいえ、それが原則ではなくタテマエになっていることを熟知している私も、北尾トロさんと同様、「他の弁護人であっても無罪は勝ち取れたかもしれない。だが、僕は冒頭陳述と最終弁論に力があったことが無関係ではないと確信する」。となると、高野弁護士、趙弁護士のようなエキスパートでない弁護人がついてしまったら…。弁護士の責任の重大さに身震いがする。
 ところで、被害者参加弁護士がついた事件がいくつかあるが、いずれも北尾さんも首をひねるような、印象に残らない、というよりも、「何なの?今のは」というようなお粗末な活動ぶりなのが残念であり、正直頭を抱えた。検察をはるかに超える求刑の意見を述べて被害の深刻さをアピールするというより、白けさせている。まだ新しい制度であり、弁護士も試行錯誤しているところなのか。制度趣旨に立ち返った切磋琢磨を要する。
 秋葉原事件や木嶋佳苗の一審など重大な裁判を担当した若手(もはや中堅か)のエキスパートの坂根真也弁護士との対談は、トホホな弁護士もいる業界の情けなさ、ベストを尽くしても結果が伴わなければ満足できない性質の仕事の苛酷さなど、忌憚なく語られている。が、「間違いなくクロと思いつつ否認することに呵責を感じないか」といった質問について、間違いなくクロと思うことはあまりない、と答えるものの、そこにとどめず、「まったくないわけじゃないが、そういう場合心の葛藤はまったくない」と回答することなどには、うーん、疑問を感じた。私たち弁護人は神様でも何でもなく、過去の事実を目撃してもいない。間違いなくクロ、と思えることがないのではないか。検察から指摘されると予想されるツッコみなどをあらかじめ容赦なく被疑者被告人にぶつけたり、見通しを伝えたりすることは必要だろうが、本人が自白しようとしまいとクロとまで認定できる立場にはない。建前と言われるかもしれないが、誤解を生じさせかねないコメントは、慎重にしてほしかった。とはいえ、いつもクールな表情を保つ弁護人が内心はらはらしたり、ほっとしたりといった苦労をしていることをリアルに伝えてくれ、これまた面白い。
 弁護人に共感的でもときに辛口のコメントは、弁護士にとって非常に有益である。そして、裁判員裁判をいつか担当するすべての方にも、その大切な役割を知るために、是非読んでいただきたい。(良)
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