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白井聡『永続敗戦論 戦後日本の核心』太田出版 2013年

 2013年の参院選直前に朝日新聞に掲載された本著の著者白井聡のインタビュー記事に大変腑に落ちるところがあり、すかさず本著を入手した。積読にしているうちに、参院選も自民党が大勝。福島第一原発事故の収束の目途もついていないこのときに、なぜ、原子力推進を志向する自民党を選択してしまうのか…しばし脱力して、本著を読む気持ちも失せていた。
 ようやく、本著を手に取る気になり、読みだすや止まらなくなり一挙に読了した。
 福島第一原発事故をめぐる、政府・アカデミズム・マスコミ・財界の様々な動きに、私たちは、無責任の深淵を見たはずだ。「あの戦争」に突き進んでいったかつての日本もこうだったのだ、と多くの人が思ったのではないか。大言壮語、根拠なき楽観、自己保身、批判的合理精神の欠如、権威・空気への盲従、他者に対して究極の犠牲を強要しながら落とし前をつけようという感覚すら欠如している…。戦争終結後、東京裁判所において「別にそれを望んだわけではなくどちらかと言うと内心反対していたのだが、何となく戦争に入っていかざるを得なかった」と証言する戦争指導者たちの言動を見ながら、丸山眞男が怒りをもって指摘した「『体制』そのもののデカダンス」が、克明に再現されていないか。本著冒頭に引用される大江健三郎の言葉「私らは侮辱のなかに生きている。」、この感覚は、私たちの実感ではなかったか。
 福島第一原発事故をめぐる情勢は、3.11で突如生じたのではなく、私たちの社会が奥底に抱えている問題をあぶりだしたといえる。そして、それは、この20年にわって陥っている閉塞・停滞状態の根本原因ともつながる、と白井はいう。そして「永続敗戦」のあらわれを次々と分析していく。淡々とした、「客観的」な記述スタイルにもできるものを、「現在問題となっているのは、われわれが『恥知らず』であることによる精神的堕落・腐敗のみならず、それがもたらしつつあるより現実的な帰結、すなわち、われわれが対内的にも対外的にも無能で『恥ずかしい』政府しか持つことができず、そのことがわれわれの物質的な日常生活をも直接的に破壊するに至ることになるという事実にほかならない」(50頁)といった具合に、怒りや非難をこめて記述を進める。「専門性」を装うには、避けた方がいい文体かもしれない。研究者であるからには論文調だろうと思って読み始めた私としては、中立的客観的な素振りを選ばない白井の文体に戸惑ったが、この程度の力強さをもってしなければ、この社会の問題を的確に指摘できないことを理解する。
 本著の帯が要約そのものなので、安易だが抜粋すると、「永続敗戦。それは戦後日本のレジームの核心的本質であり、「敗戦の否認」を意味する。国内およびアジアに対しては敗北を否認することによって「神州不滅」の神話を維持しながら、自らを容認し支えてくれる米国に対しては盲従を続ける。敗戦を否認するがゆえに敗北が際限なく続く。」
 この永続敗戦の構造は、今、破たんに瀕している。欺瞞に基づく虚構が綻びを見せていることがわかる事象として、民主党政権交代後の普天間基地問題、移転に挫折した鳩山元首相の退陣、改憲や拉致をめぐる安倍らの論理的でない言説etc。なかでも、尖閣諸島・竹島・北方領土という三つの領土問題について、ポツダム宣言、サンフランシスコ講和条約、共同声明等の条文、条項を読みながら、「日本固有の領土」という日本政府(外務省)の主張ないし国内世論の正当性を吟味していく第2章が重要であろう。白井は、自ら条文を読まずして、雑誌や新聞の記事を鵜呑みにするなと、注意するが、なるほど、どんな意見を言うにしても、そんなことくらいはまず最低限しなければならないだろう。第2章の中で、東京都による尖閣諸島購入をぶち上げ問題を炎上させた石原都知事(当時)が、米国が沖縄返還後も尖閣諸島を構成する二島を射撃場として排他的な管理下に置いていることを当初全く問題にせず、後に取り上げるも、引き下がったことが紹介される。白井は、この石原のふるまいに、端的に「米国にはへつらい中国や韓国には威丈高」という「病的な卑小さ」、永続敗戦の構造が純粋なかたちであらわれているという。米国に対しては敗戦によって成立した従属構造を際限なく認め永続させる一方で、代償行為として中国をはじめとするアジアに対しては敗北の事実を認めない。隷従が否認を支え、否認が隷従を支える。石原の振る舞いのおぞましさは、彼ひとりに帰すべきことではない。この社会の歪みそのものと直視すべきなのだ。
 研究者として、分析だけで終えてしまってもいいはずであるが、白井は、果敢にも解決策を提案する。「永続敗戦」の構造を、内側から破壊しなければ、と。なんだ、あまりに抽象的ではないかと、脱力する。しかし、と思い返す。簡単な処方箋などありえない。処方箋を与えろという知的に怠惰な態度こそ、排さなければならないのだ。衆議院選挙でも参議院選挙でも自民党が圧勝し、福島第一原発事故後ですら、永続敗戦の構造の否認が続いているとしか思われない状況だろうと、この社会で生きていく私たちとしては、諦めるわけにいかないのであるから。(良)
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