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鳫咲子著『給食費未納 子どもの貧困と食生活格差』光文社新書 2016年

 「給食費未納は保護者のモラルの問題」。2007年、そんな論調の社説が全国紙各紙に一斉に載った。未納の家庭の子どもに給食を支給しないとした北本市の決定(2015年)について、ネット上では賛同の意見があふれ、あるエコノミストは子どもにはそんな試練を経ることで、「メンタル面の強さ」を身につけるのだ、と述べた。しかし、本著は、払えるのに払わないというのではなく、むしろ給食費は健康保険料などよりギリギリまで払おうとするものであり、不払いは貧困のサイン、自治体は救済の手がかりと考えるべきであることを示す。そもそも、「払わないなら食べさせない」というのは、子どもの利益、福祉をないがしろにしている。
 未納家庭が、正当な理由なく払わないのか、払えないのかを、見極めることは非常に難しい。たとえば、生活保護や就学援助制度を利用していないからといって、直ちに経済的な問題がないとはいえない。これらは申請しなければ支給されず、資格があっても「制度を知らなかった」など情報弱者であるがゆえ申請していない場合もある。就学援助率が高い都府県は、給食費未納率が全国平均以下である。もっとも、支援を受けることへの心理的抵抗もある。東日本大震災後被災地では就学援助が増え、給食費の滞納件数が半減した。どの家庭も受ける支援ということで、援助を受けることへの心理的抵抗が下がった効果かもしれない。
 未納者への督促を、学級担任がしたり、PTA関係者がしたりしているというのが驚きである。担任に行わせる場合、本来の教育活動にも支障が生じるおそれについては、文科省も指摘しているという。さらに、督促する担任と保護者、子どもとの信頼関係が築けるのだろうか。福祉の専門家でも何でもないPTA関係者が家庭のプライバシーに踏み込むことも恐ろしい。給食費滞納の背景に、貧困や孤立など様々な問題が重なり合っていることがあるが、PTA関係者がそのようなプライバシーを知ってしまってもどうするというのだろう。
 「給食のない夏休み、体重の減る子どもがいる。」別の本(『子どもの貧困白書』明石書店)の帯の言葉はショッキングであった。いや、もはやそれは学校現場ではショックではないかもしれない。給食のない川崎市の中学校に進んでから、風間トオルは、「唯一きちんとした食事だった給食もなくなってしまい、ほとんど毎日、昼食抜きで過ごした」のだという。今日においても、学校給食は、子どもの食生活のセーフティネットなのだ。ところが完全給食(主食・おかず・ミルク)の実施率は公立小学校で99.6%だが、公立中学校では81.5%に下がる(風間トオルの出身県である神奈川県が未実施率1位、なんと82%)。格差社会が進む中、「欠食児童」は今なおリアルな問題である。
 現在、全員が同一のメニューで食事することへの抵抗などから、学校給食はなくしてよい、あるいは弁当と選択制にしたらいい、といった意見もある。歴史を振り返ってみれば、明治以降の学校給食は、凶作・災害・炭鉱の閉山による大規模失業など、子どもの成長に大きな影響を与える出来事を背景に,必要性に迫られて発展した。当初は、予算の制約から、欠食児童・貧困児童という特定の子どもを選別して始められたが、それでは対象となる子どもに貧困児童とのレッテルをはることになる。戦前の文部省の文書中、その点を意識した、子どもの福祉に細やかに配慮された言説があったことに驚く。現在でも、学校給食は、どんな状況にある子どもでも受けられる普遍的な社会保障であるべきだ、と著者は説く。
 中学校での完全給食を実施した北九州市では、健康に気を配る食生活になれて、朝食欠食の生徒が減った。その他、給食により生徒同士のコミュニケーションが図られたり、不登校の生徒も給食を楽しみに登校するようになったり、弁当を作ってもらえない生徒も栄養を確保できるようになる等、様々な効果が認められた。完全実施の意義は非常に大きい。
 給食費未納の場合の給食の停止は子どもの人権問題。本著に引用された、子どもたちの苦況に想像力のない言説の数々にどんよりするが、とりわけ、東京弁護士会弁護士業務改革委員会自治体債権管理検討チームが給食を提供する契約をやむを得ない場合は解除して良いという見解を公表しているとことに、ショックを受けた。著者がいうように、給食停止は、「行政による虐待」とさえいえるだろうに。
 学校給食について、契約に基づく債権債務というとらえ方ではなく、むしろ、子どもに食事という現物を支給する社会保障であるとみなすべきではないか。子どもの食生活の格差を縮小する公共食としての機能を認めるべきではないか。そうすれば、すべての子どもの食のセーフティネットを確保するため、社会全体で費用を負担すべきといえる。現に韓国では小学校の94%、中学校の76%で、給食が無料化されているのだ。
 子どもの成長と健康を支える食が危うい。本著を読むことで、その実情と、子どもの食のセーフティネットとしての給食の意義を知ることで、「払わないなら食べさせない」といった「自己責任」論(そもそも、保護者と子どもは別人格であり、その点でもおかしい)が安易で不合理であることを悟った上、望ましい政策も見つけることができる。多くの人、とりわけ文教行政関係者に読んでいただきたい。(良)
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