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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
松家仁之編『美しい子ども』新潮社 2013年

 上質な翻訳小説を続々と紹介しめくるめく多種多様な世界を披露してきた新潮クレストブックス。内容だけでなく装丁も活字も美しくて、大好きなシリーズだ。しかし、忙しくてこのところ追いつけなくなってきた。そんな私にとって、シリーズ15周年を記念して、クレストブックスシリーズを創めた松家仁之がセレクトした短編小説ベストコレクションたる本著は、とてもお得感がある。
 作家の国籍は、アメリカ、ベトナム、ロシア、ドイツ、ベルギー、カナダなどであり、作品の舞台も様々であり、登場する人物も、アメリカで疎外感を感じているインド人であったり、孤独な老人だったり、恋人と倦怠期に入っている女性だったり、金持ちだけれどもDVをふるわれている母娘であったり、ホロコーストから生還した男だったりと、多様である。
 しかし、不思議に、どの短編を読んでいても、「わかる」と腑に落ち、切なくなる。希望、喪失感、裏切り、悲しみ、痛み…人生で経験する細やかな感情を、いずれも見事な手さばきで描き出され、この感情は私が経験したそれだ、と実感する。
 どれも珠玉のような作品ばかりだが(陳腐な言葉しか思いつかない自分がもどかしい)、ひとつふたつあげるとしたら、まずは、ミランダ・ジュライ(岸本佐知子訳)の「水泳チーム」「階段の男」か。カリフォルニア州のプールのない町で、塩をちょっといれたぬるま湯をはったボウルを床におき、老人たちに泳ぎのレッスンをする。にわかコーチだった「私」は、その後しばらくたって、付き合っていた男性との別れが決定的と知ったときに、レッスンをしたあの「生徒」たちがもうとっくに死んでしまったと悟り、悲しむ。コーチのかけ声、生徒たちのすこぶる真面目にばたばたさせる手足の動き…笑いたくなるようで、ちょっと哀しい、愛おしい風景(水泳チーム)。恋人とお互い静かな苛立ちを感じながらセックスをした後に、階段を見も知らぬ男が昇ってくる。その階段の音を聞きながら、本当の愛、本物の友だちがほしいと思うけれども、今の恋人が恋人で、今の友だちが仮の友だちではなく本物の友だちなのだとわかってもいる。階段の男を追い出しても、結局…。感じないようにしている疎外感、違和感をぐっと突きつけられるようだ(階段の男)。
 そして、ベルンハルト・シュリンク(松永美穂訳)の「リューゲン島のヨハン・セバスティアン・バッハ」。息子は映画を観ていて泣く。父は、映画の中の父のように、失業した子に何か援助してくれるだろうか。言葉を必要としない信頼関係には到底らならない。思い切って(母に驚かれながらも)、父を田舎のバッハの音楽祭に誘う。父との共通点は海とバッハを好きなことなのだ。だが、ぎくしゃくした関係は変わらない。旅の終わりには、息子は一層失望してしまう。ところが、雷雨の中停まらざるを得なくなった車内で、バッハのモテットのCDをかけて、2人で聴いていたとき、父が静かに涙を流しているのに気づく。老いた父と子はようやく何とか「言葉を必要としない信頼関係」を実感できたのだ。シュリンクは、『朗読者』が世界的ベストセラーになったが、私はこの短編のほうが好きだ。
 とても豊かなセレクションであり、ひとつひとつゆっくり味わいたい。(良)
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