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林真理子『正妻―慶喜と美賀子』講談社 2013年

 徳川幕府最後の将軍慶喜の妻美賀子の一生の物語である。上下2冊の歴史物語。多くの史書を参考にしており、幕末の歴史に翻弄された女性を描く。
 思わぬことから京都に暮らしていた公家の娘が江戸に下って将軍家の慶喜と結婚する。まだ徳川を一橋家の慶喜が継ぐかどうかわからないときのことである。女の子を産むが生後すぐに亡くす。それが引き金になり、美賀子は精神のバランスを欠き、自殺未遂をする。さまざまな女性とくに慶喜の祖母(といってもまだ27歳の未亡人)と彼の間の関係が美賀子をくるしめた。そのことを美賀子からなじられた慶喜は怒って以後彼女のところを訪れなくなる。それとともに慶喜の側室となった江戸の火消しの棟梁の娘お芳がこの小説の主人公となる。しかし、この小説の本当の主人公は激動の日本、とくに徳川幕府の解体の過程であろう。それを当時の支配階級にあった女性の目で観察している。そういう視点での小説、ドラマはいままでにも13代将軍家定の継室篤姫や14代の家茂の正室和の宮といったヒロインを通して描かれた。どの立場の女性であるかでかなり色合いは異なるが、それだけになじみのある人々の名前が出てきて、それぞれのヒロインのイメージが変わるのが面白い。
 慶喜は何人もの女性との間に21人の子をなしたという(育ったのは13人)。慶喜は彼らの産みの親を「母親」として扱わず、「母親」は美賀子だった。子らも産みの母を「下女」のごとくあつかい、正妻である美賀子を「母」として遇した。ここに「正妻」の誇りをもたせているのだろう。それ以外には「正妻」の意味や価値がまったくわからない。
 この小説はとくに二人の女性(美賀子とお芳)の目を通して大政奉還前後の慶喜の決断や迷い、狂気のような慶喜の姿が浮き彫りにされている。そして新政府になってからの慶喜の開放感。彼は新しいことが大好きで油絵、写真、鷹狩り、自転車…はまったものは多数ある。このようないわば開明的な慶喜が一時は「攘夷」を主導しなければならなかったという歴史の皮肉。彼がこれからの日本をリードしていかなければならない(と思われていた。歴史の現実は異なったが)「将軍職」につくことを嫌いぬいたのは理解できるところである。
 慶喜は近代的医術にも関心を示し、美賀子の手術の様子を熱心に観察、これも妻のことを心配したというよりはむしろ好奇心からだったようである。このこと一つとっても不思議な人物である。
 印象的なのは、大政奉還という歴史の歯車を大きく変えた事実の中で、女性はまったく受身であることである。「江戸城開城」も直前に知らされた「大奥」にいた女性たちが驚きと恐怖の中で逃散したあとの江戸城の索漠ぶりはすごい。(巳)
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