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『現代思想 特集 女性と貧困』第40巻第15号 2012年11月号

 選挙に向け浮足立っているとはいえ、どうも政治家のみならず市民側もシングルイシューばかりに注目している気がしてならない。待ったなしと思われる格差の問題は置き去りにされている。その中でも女性の貧困はさらに不可視化されている。女性と貧困を特集した『現代思想』11月号がこの時期に出る意義は大きい。
 特集の冒頭は阿部彩氏へのインタビュー。昨年11月の朝日新聞の一面に「単身女性、3人に1人が貧困 母子家庭は57%」という記事が掲載され、大きな反響を呼んだ。『子どもの貧困』『弱者の居場所のない社会』等で母子家庭の貧困、格差問題を世に問い、本記事の記者に取材を受けた阿部氏は、大きな反応に困惑した。「びっくりした」という反応のほか、一部男性から「女の貧困なんて話している場合じゃないだろう」と強い批判も受けたという。母子家庭や単身女性の貧困の実情に(ほんの一端だけ)触れている私としても、いかに女性の貧困が不可視化されてきたかを改めて知って驚く。しかし、そのような反応の前提にある「男性に養ってもらう女性が貧困のはずはない」という思い込みこそが、女性の貧困を不可視化し、問題化することを妨げてきた原因の一つである。この記事で注目が集まっても、「では政策をどうしよう」という話には結びつかないと阿部氏は嘆息する。世間は「男性さえも貧困なんだから、女性が貧困なのは当たり前だろう」と諦めモードだと。そして、女性にも立場の違いがあり、分断はある。生活保護バッシングにみられるように、「足のひっぱりあい」をする。さらには財源問題がある。しかし、阿部は、たとえば、マスコミは、生活保護が社会保障給付の3%くらいしかないことなどを踏まえないで、安易に財源論にのっかかっている、冷静になってほしいと呼びかける。
 海妻径子氏の論稿も興味深い。長期景気低迷の現在、「男性稼ぎ主」レジームの破たんは明らかであるにもかかわらず、財政支出なきレジーム転換を望む声が強いため、「男性稼ぎ主」を持たない女性へとセーフティネットを拡げることも、ケア労働の社会化を進めて、女性たちがより高い所得を得やすい環境を整備することも困難になっており、その結果、依然としてケア労働との両立を考慮しなければならない女性たちにとって、短時間労働への就労が合理的な選択となってしまう。これが女性が自ら望んでいるライフスタイル選択ととらえられてしまい、女性の貧困が不可視化され続けると海妻氏は指摘する。ところで、実際は日本の女性の有業率は、いわゆるM字型労働力率曲線の谷を除けば、必ずしも低くはなかった。特徴的なのは、高学歴女性の有業率の低さなのである。この点は、単純に、性別役割意識が強いというだけでは説明ができない。「男性稼ぎ主」の体面、「男性稼ぎ主」幻想によって、女性配偶者労働は不可視化されていたのだという。この幻想は、終身雇用制と年功型賃金体系によって維持されてきた。この安定雇用システムで利益を得ていた都市の新中間層は、市民運動の担い手でもあったが、自らが利益を得ているシステムの根本を問いなおさない形での生活水準の向上を求めるにとどまった。そして、このような階層は、公的福祉などの公的な部分の比重が下がっても、企業年金などに依存しうると考える層であり、自由・自立・自助・競争というイデオロギーと親和的であるという指摘がなされているというが、確かに、近年のジェンダーバッシングが、保守的といわれる地方小都市だけではなく、大阪など地方中核都市においても盛んに展開されていることに照らし、的を得たものと思われる。海妻氏は、雇用が不安定化した今、男性たちのホモソーシャルな労働社会の構造の解明と解体に目を向けるべきときがきた、としめくくる。
 ひとり親家庭支援に関わる中野冬実氏の論稿は、生活保護バッシングとともに母子家庭叩きもひどくなっている状況を憂いつつ、女性の貧困の背景を俯瞰し(男女の賃金格差、性別役割分業、世帯単位社会)、離婚後もDVの後遺症や乏しい養育費、賃金格差等の状況から、母子家庭が貧困に陥っていること、そして母子家庭の貧困は子どもの将来の貧困に直結していると、そして、死別母子家庭への遺族年金のほうが離婚や非婚が中心の児童扶養手当のおよそ倍額であることにみられるように母子家庭になった理由によって扱いに違いがあるとして、母子家庭への差別、さらには母子家庭の中にも序列を作っている制度の差別性を批判し、ジェンダー平等を志向することで、貧困の根を断ち切ることを模索すべきとする。
 DPI女性障害者ネットワークの瀬山紀子氏による論稿は、障害女性の状況について国の統計には基礎的なデータすらなかったこと(障害の種別によるクロス集計はあっても、性別を軸としてクロス集計はほとんどなかった。2010年から一部性別集計も現れたが限られている。)、障害年金を受給する女性の半数以上が年間収入50万円以下に位置すること、DPI女性障害者ネットワークの調査によれば、女性障害者の多数が性的被害やDV被害、セクハラ、差別、嫌がらせの経験を持っていることを、具体的なデータをもとに明らかにする。
 クリスティン・キーティングほかの論稿は、革新的なプロジェクトと銘打たれているマイクロクレジットを「再政治化」し、女性を確かに自律性を備えた経済的能動主体としてエンパワメントするようでいて、新自由主義的な政治合理性に利用されてしまう危険があること、また婚姻の有無によって受給資格が判断されることなどからジェンダー規範構造を利用し強化していることなどを指摘する。
 その他、90年代以降の日本における再生産労働と女性の課題を示す伊田久美子氏の論稿、近代的福祉国家が福祉政策による選別の基準のひとつとして普遍的に家族・性別役割分業に関わる原理を見出し、この選別の原理が近代家族を前提とするばかりでなく構築もしてきたこと、近代の標準家族から逸脱した単身女性・売春婦を「社会防衛」のもと「更生」されるものとして位置づけることにより、福祉政策は主婦と「要保護女子」を分断し、性差別の構造を維持再生産してきたことを明らかにする堅田香緒里氏の論稿など、研究者の論稿だけではなく、様々な経験(ホームレス、貧困、ワーカーズ・コレクティブ)を持つ当事者たちの論稿・インタビューのいずれもが、女性の貧困の様々で深刻な局面を力強く可視化させるものであり、読み応えがある。(良)
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