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加納実紀代『銃後史をあるく』インパクト出版 2018年

 加納さんは広島で被爆している。5歳と20日目のことだ。翌日から罹災者救援のおにぎりが配られ、それを取りに行くのが幼い少女の役目だった。黒焦げの死体は道中にあふれその中を歩いていく少女には「首のある死体」は怖くなかったが、「首のない死体」は怖かったという。そんな悲惨な思い出から始まる「第1章わたしのヒロシマ」。第2章は「銃後史をあるく」で、加納さんの生涯のテーマである「銃後」にあった女性の被害者性と加害者性を鋭くえぐっていく。その構図は今日にいたるもまったく変わらない。「兵隊バアサンの戦後」の短いエッセイを読むと頭がくらくらする。
 加納さんは1981年に書いた「勝ち戦と女の加害性」の短い文章をたまたま読んでそれがそっくり現在と重なることに驚き、本書をまとめる決心をしたというが、ここに収められた論考がまったく色褪せていないことに驚きそれはものすごく恐ろしいことだと思う。
 第3章は「『大日本帝国』崩壊とジェンダー」。ここでは戦後の大問題であった「復員兵」『未亡人』『混血児』に新しい照射がなされる。第4章はがらりと変わって「リブをひらく」という構成を見ると、加納さんが終始、加害者としての日本の女性を明らかにしようとしていること、そしてその底に「母性ファシズム」があることから目をそらしていないことがよくわかる。章の合間に映画評(たとえば「引き裂かれる前線と戦後―『ドイツ・青ざめた母』に寄せて」)や書評が組み込まれているがそれは「ブレイク」のためではなくそれぞれがメインテーマに沿って選ばれており、論法も鋭い。それぞれが全力投球の剛速球で時として読むのがつらくなってくる。
 加納さんと言えば「銃後史」である。第二次大戦中、兵隊として「前線」に立ち「殺し合い」をした男たちを母として・妻として後方支援をして「銃後の女」として戦争協力をした女性たちのインタビューし、新聞記事・雑誌の記事、投稿、写真などを通して、仲間の女性たちと勉強し研究し「銃後史」という新しいジャンル作り上げた人である。ヒロシマの被爆者という絶対的被害者の苦しみ悲しみ怒りにとどまらず、自らの加害者性を明らかにしていく作業は容易でなかったに違いないが、加納さんは固執した。この執念は彼女の原動力となって、今の政治への徹底的な批判となり、「フェミニズムと女性兵士」の問題への深い洞察につながる。この問題については「総参入論―戦争と女性解放」の論考が興味深い。
 500ページを超える大著であるが、今最も読まれるべき本の1冊である。この中のどれでもいい、一つを読んでほしい。自分がいかにボーッと生きてきたかをおもいしらされるだろう。(巳)
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