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わがまま読書 独断と偏見に満ちたこむずかしくない読書案内です。教科書からマンガまで。
木村榮『病は道連れ』フェミックス 2014年

 GALの「エッセイの泉」に連載の「女ともだち」で、いつも切れのいいウイットにとんだ文章で読者を魅了した木村さんが2014年5月に亡くなった。本書はその絶筆である。書名をみると暗い気分に陥るが、そこは料理上手な著者のこと、病さえ友だちにしていたようで、深刻な病状を語っていてもなんだか笑える。
 それにしても病気の百科事典のような人生だ。でも得をしたというか損したというべきか、いつも元気そうでやつれてもいないので、「蒲柳の人」には見えなかった。でも心身不調の時に相談すると経験に裏打ちされた知恵がたちどころに伝授され、それだけで相談したほうは気持ちが楽になったものだ。
 だがこの本を読むと、次々にやってくる病に対処するのが精いっぱいですべてが中途半端だったのではないかという木村さんの無念さが伝わってくる。たとえば腰痛のためにテレビ局の仕事を辞めざるを得なかった、子育ても十分にできなかった、結婚生活も全うしなかったなどなど。しかし、彼女はそれを後悔で塗りつぶすのではなく、そのような人生がどのような意味を持っていたのだろうかと繰り返し考える。
 と言ってもシリアスな部分はわずか。彼女の10冊以上ある著書の中で最も面白いかもしれない。
 遠いから出張できないという経師屋さんを「自宅でのお通夜はせめて新しい障子でしたい」と泣き落としたり、ぴっちり手になじむ手袋がほしくて手袋をあつらえに行ったら、「出来上がるのは来年2月末」と言われ、「でも私この冬しか生きられないんです」と言って職人さんを絶句させたり、欲しいものは子どものように欲しがる木村さんの無邪気さが遺憾なく表現されていておかしい。この「あきらめない」精神は最後まで貫かれた。何回も辛い告知を受けながら、彼女は「悲惨な前途にぶち当たるとどっとアドレナリンが出る」と、病気の原因を調べまくり、いいと聞けば周囲が首をかしげるのもなんのその、どんな治療でも受けた。病が篤くなってからは恨み言も泣き言も言わなかった。そして用意万端、ホスピスも2か所も予約して、最後の入院をする直前に木村さんは次のように書いている。  「ここ一年余りずっと咳と息切れで苦しいけれど、帰還に向かって欠けていた心のピースが少しずつ整っていく手応えがある。ひとつまたひとつ、何かとの和解が成っていく。時々、ふと、何ということもないのに心満たされる瞬間が訪れることがある。」
 そばで見ているほうも息苦しくなるほどの激しい咳に四六時中襲われていたことを知っているだけに、この清明な精神力に驚く。「帰還」という言葉を使っているが、帰るべきところがあることを信じる者だけが得ることのできる安らぎだろうか。
 ソデにおさめられている遺影として木村さんが用意しておいた美しい着物姿の晴れ晴れとした笑顔が、彼女の「終活」の「総括」にちがいない。(巳)
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