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御厨貴・牧原出『聞き書 野中広務回顧録』岩波書店 2012年

 野中広務は、私にとって、集団的自衛権の行使を認める閣議決定を「暴挙」と非難したり、選択的夫婦別姓に賛成したりと、政界を引退してしまったのが惜しい存在だ。一体どういう人なのだろうと、本著を手に取ってみた。
 野中は、自分の人生を、運命であり、根性、自分なりの努力であったという。国鉄職員だったのが、当時の町長が病気で倒れて、急きょ「年寄りばかりやってたら任期半ばで倒れてしまうんだから、おまえやれ」と町長選挙に臨むことになる。町長から府会議員になり、副知事になり、57歳で国会議員となる。自治大臣、官房長官、自民党幹事長へ駆け上がっていった道筋を野中の言葉で辿っていけば、初めから野心をもって突き進んだというよりは、時代が必要としていたという様相がある。
 そして、政治もまた人が行っているのであるから当然なのだが、理念や主義よりも、人間と人間の信頼関係で左右される部分も非常に大きいことがわかる。もっとも、一定の理念等がないわけでもないが、野中にとっては「こうあるべし」というのも抽象的でなく、具体的な実感に基づいている。たとえば、子どものころに近くの工場で朝鮮半島から強制連行された人々が非常に劣悪な条件で働いている姿を眺めてきたことなどから「向こうとの接着剤になりたい」と願い、訪朝を重ねた。また、従軍慰安婦問題は、「外地から帰ってきた連中からさまざま聞かされておった問題ですから、ほかの人より生々しく知っている一人」として、村山内閣の中で、「これは積み残してきた課題だから、解決しなければならない」と積極的に発言していたという。また、沖縄についても、タクシーの運転手が「自分の妹が日本軍に殺された」という話をしてハンドルを止めて泣きじゃくった印象が強く残っていることなどから、熱い思いを抱いていた。
 本人が隠していることもあるのだろうが、本書を読むと、相当真っ当なことをしてきたという印象を抱き、感心する(というか、政治家は本来こうあるべきなのだが)。たとえば、京都副知事に就いてから、「課長以上の自宅の電話はすべて役所が払う」といった慣習を「革新府政だといいながらそんなことやっていたとはけしからん」と止めさせたり、「どこの政党の機関紙をとろうと自由だが、自分のお金でとれ」とこれまた従来の慣習をストップさせたりした。さらに、国会議員になると、委員会に徹底して出席した。地方からみると、委員会出席率が低いことは悪弊としか思われなかった、という。
 竹下登が国政選挙に出ろといったときのことを野中は何度も口にする。彼にとって、原点なのだろう。あと2か月になると58歳になると渋る野中に、竹下はそれはわかると言いながら、「とにかく地方を知った連中がだんだんおらなくなった。俺は島根の山奥の人間として、このまま行ったら日本の政治はどうなるかを思って心配なんだ。お前が出て、地方の本当の経験者として物を言ってくれなければ、自民党だけでなく、国の政治がおかしくなる。日本の方向がおかしくなる」と切々と説得したという。確かに、「姫」と呼ばれながら政治資金問題で大臣を辞任した小渕優子はじめ、2世、3世が揃う自民党の議員たちを思い浮かべると、竹下の懸念は的中してしまったと嘆息せざるを得ない。
 率直な人物評やエピソードも興味深い。たとえば、安倍晋太郎が「よく世間で俺は岸信介の息子みたいに言われるけど、俺の親父は大政翼賛会の時に反対して反戦政治家として出た安倍寛だ」と胸を張って言っていたことが忘れられない、そのことを安倍晋三にも話したことがあるが、残念ながらその遺志を継いでくれなかったのかな、とある。小沢一郎や小泉純一郎については手厳しいが、様々な具体的な言動を挙げており、抽象的な人格非難にはとどまっていない。たとえば、小沢一郎については、「あれは政策は知らないで、政略だけ」という。日韓議連で合意した外国人参政権の問題については、いったん合意したのに、途中でつぶしてしまった。それにもかかわらず、民主党のマニフェストに入れた。確かに一貫性がないと言わざるを得ない。小沢一郎についても小泉純一郎についても、マスコミは簡単に利用された。「日本の国民は、戦争の時代もそうだったと思うんだけど、一つの世論が熱狂的にグワッと動いていくときが怖い。」小泉が選挙の応援演説をすると、いっぺんに3,000人も寄るような状態に、その怖さを感じたという。正義の味方みたいに振る舞いながら、竹中平蔵や宮内義彦を引き連れて、「構造改革」と称して、ビジネスを政策としてしまった。そして、政治家たちが、サーッとだらしなく靡いていくのが情けなく、政界を引退することにした。しかし、その後も同様の状況(マスメディアの影響でつくられた人気の表看板のもと、裏ではビジネスを政策として実現していく)が続く中、野中の政界引退はとても惜しかったと今更思う。
 他方で、野中が尊敬し、あるいは親しみを感じている人たちも多数紹介されている。地下鉄サリン事件のあと国家公安委員長だったときに会うことになった河野義行さんは非常に物静かで、冷静な方だった、自分が同じ立場なら絶対にこんな冷静さを保つことはできないと思うほど立派な方だったという。閣外に去った後も、交流を続けたようだ。また、他党であるが、閣内で支えることになった村山富市への信頼も深い。意外なところがあると知ってから、「惚れ」、本当に助けてやろうと思った、橋本龍太郎。「冷めたピザ」と当初は評判が悪かったけれども、素朴でマメだった小渕恵三は、配慮が行き届いた人だったようだ。
 ところで、公明党と選挙協力する際、票以外に、政策的にこれをしてくれ、という話はなかった、とのことで、興味深い。公明党は一体どういうつもりだったのだろうか。政策的に譲れないことを前もってすり合わせないで与党となった成行きのまま、集団的自衛権行使容認などで譲歩を重ねてしまうのだろうか。
 それにしても、政治はひたすら男社会である。登場人物はひたすら男、男、男…。ゴルフや麻雀、宿泊のある「研修」(親睦会)などは、人間関係を培い結束を高めたり、情報を共有するうえで、かなり重要なシチュエーションのようだ。そして、法案等詰めの作業は夜中夜明けでも続く。家事育児など全く担っていそうにもない男たちの世界。ここに、女たちが参入していくのは、なかなか大変だ。本著は全く関心を払っていないことだが、女性議員を増やすのは、非常に大変であることを、まざまざと感じた。
 書ききれないほど興味深いエピソードが盛りだくさんであり、読み応えがある。そして今の政治を考えると、竹下の懸念が現実になってしまったと、不安が募る。有権者ひとりひとりが、自覚して投票することしか、とりあえず方策は思いつかない…。(良)
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