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酒井順子著『オリーブの罠』講談社現代新書 2014年

 著者と同世代かその前後あたりの女性読者が著者に会ったとき、しばしば言うひとことは「オリーブの頃から読んでいます」。他の雑誌にも連載してきたにも関わらず、「読んでました」と言われるのは「オリーブ」が断然トップだとか。著者の2歳下の私も、もしお会いできたら、開口一番言うひとことであること、間違いなし。本書の表紙の仲世朝子さんのイラストを目にした途端、涙がこぼれた。あのとき、熱狂的に愛された雑誌。私も愛してやまなかったひとりだ。
 あわよくばオリーブのモデルになれるかもとかすかな期待を胸にしながらその期待が実現することはなかったものの、現役高校生の時代から同誌で執筆し、かつ発売日を心待ちにする愛読者のひとりであった著者は、本著で、オリーブの全盛期がどのようなものだったかを検証し、当時の女の子たちにどのような影響を与えたかを振り返る。
 「根は保守的な女子大生」がターゲットだった初期のアメリカかぶれ時代は私は知らず、「ふーんそうだったんだ」程度で読み進めたが、ほとんど別の雑誌へ、すなわち「ロマンティック路線」へ大転換したあたりの箇所から、「そうそう!!この表紙懐かしい!」と興奮を抑えきれない。そして「オリーブ少女」と同様死語となった「ツッパリ少女」向け(現参議院議員の三原じゅん子(当時三原順子)さんがツッパリ少女役を演じた、などという細かい昔話が随所にある)の「ギャルズライフ」には、当時眉をひそめた私だが、中年(オリーブ中年)になった今では「女の子たちの水子供養」ほか、避妊・堕胎系の定期的な特集タイトルの数々に、ネットのない当時の社会で情報を求めた「ツッパリ少女」たちの切実さを感じる。なお、著者は、オリーブにより上品でおしゃれな世界に対する憧れを満足させ、ギャルズライフからは下品で下世話な欲望(「黒人ネンゴロ英会話」など)を充足させるために、併読していたという。
 オリーブといえば、「リセエンヌ」。今の女子高生たちに「リセエンヌに憧れなさい」と言っても「は?」と言われるだけだろう。「フランスの女子高生になんで憧れなければいけないの?私たち十分生活に満足しているし」と。ファストファッションにあふれる「いまここ」に充足する女子高生たち。オリーブ少女たちは違った。「ダサい日本」ではないどこかへ行きたい、おしゃれなリセエンヌになりたい、「いまここ」にいたくはない、と願っていた。
 もっともオリーブ内部に矛盾もあった。古着を着こなすリセエンヌたちを憧れろと言いながら、親の経済力をベースにした付属校生たちも持ち上げる。女子高生たちの「格差」は今よりあからさまだったかもしれない。ボーイフレンドたちは学院(ワセダ)や塾高(ケイオー)。そうだそうだった、夢中でありながらもうっすら違和感を持ち続けたのは、私が親の経済力より実力で伸し上がる高校、およそ洗練とは程遠い高校に進学していたからだろう(本著でも、オリーブに成城は登場するが、桜蔭は登場しないとある。私の母校お茶の水も似たようなもの)。友だちがたくさんオリーブ誌面に登場したという著者と、憧れていただけの私とは自ずと懐かしさの対象が違う。そうそう、「マーガレット酒井先生」による「元オリーブ少女の面接時間」が4カ所に収められているが、その中では三陸にいてリアルには東京の状況を知らなかった智子さん(仮名)が、埼玉都民であった私に一番近い。オリーブに、リアルな友人知りあいを見つける喜びというよりも、「憧れ」「目指すべき世界」と感じていたという点で。
 リセエンヌと付属校女子高生との間の緊張関係。これを超えるアイコンとして見出された、「15歳・成城学園高校」の栗尾美恵子さん。今からは信じられないが、美恵子さんは本当に少女の原型、妖精のようにかわいらしかった。いや、オリーブ少女にとって、美恵子さんがスチュワーデスという、オリーブ少女的にはあまりにベタすぎる職業についた時点でも「ん?」であったし、その後若花田関と結婚したことこそ、衝撃であった。よりによって、どっぷりドメスティックでかつどろどろしていそうな世界に、オリーブ少女のアイコンが入ってしまうなんて。私も知りたくないものを知ってしまったように思い、その後女性週刊誌で離婚騒動が話題になっても見出しを極力目にしないように努めたほどだ。  オリーブは、少女たちに、男の子に主導権を握らせるな、自分が着たいものを着なさい、と教える。デートですら、「デートの日には思いっきりおめかし!」とおめかし(今では使わない言葉…)する機会でしかない。性のにおいは全くなし。服装も露出度が低い男性の劣情を全くそそらないものを推奨する。オリーブ少女たちは、真面目におしゃれをすることで、異性を遠ざけていたのかもしれないと著者は心配する。
 著者にとっては同世代感が薄れる90年代に「オリーブ」で流行ったのは渋谷系。オザケン(小沢健二)や小山田圭吾の時代は、私にはまだリアル感があるというか、愛おしくてたまらない時代だ。日比谷のシャンテシネでヴェンダーズの映画を観る、そんなデートが好きだったというオリーブ少年の述懐にもなつかしさに痺れる。
 オリーブには文化系のみならず社会派テイストもあった。「原子力発電はほんとうに安全なの?」といった見開き頁、防腐剤や添加物を使用していない食品を食べましょうといった記事まであったし、「今話題の3大ニュース」として、「原子力発電所の安全問題」のほか「南アの人種隔離政策」等も取り上げることもあった。「原発に反対!」といった高校生の声まで載せたオリーブは、読者に「おしゃれであれ」と言うだけでなく、「流されるな、自分で考えろ」と導いていたのである。
 オリーブからの多数のメッセージは、「異性に媚びるな」というメッセージが通底し、異性獲得競争から少女たちを解放してくれた、と著者はいう。細々した記事の紹介は「あったあった!」と面白くても、「オリーブとは「モテの戦場」からの解放だった」とのまとめには、ええ収まりどころがそこですかと何かつまらなくなる。しかし、モテってそんなに必要か?非モテで何か問題がと居直って久しい私がオリーブ中年として重症なのか。そういえば、もはや異性に媚びるどころか恐れさせる美魔女中年は、異性に媚びる王道を臆面もなく突き進んだはずの赤文字系雑誌読者のなれの果て?結局どっちにしても「わが道」を選んだといえるのかもしれない。ザッツオーライ。
 ディスカバー・オリーブの気運が高まっているという。中年期はまだ自分の中の少女性を無防備に晒し出してはいけないお年頃、と著者はいう。確かに、中年から少女趣味が流れ出るのは、「痛い」「気持ち悪い」と言われてしまうだろう。しかし十分枯れた老女になったころ、再び思う存分、オリーブ的センスで自らを彩りだすのではないか、と著者は予言する。オリーブ老女たちがあふれる高齢化社会。うん、悪くない。というより、オリーブ老女を目指しますとも、ええ当然。(良)
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