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大和彩著『失職女子。私がリストラされてから、生活保護を受給するまで』WAVE出版 2014年

 「失職女子。」というタイトルから、女性の就職の困難や貧困に関するストーリーを読む準備は出来ていた。確かにそのストーリーもあるが、驚かされたのは、家族の病理。
 「私が生まれ育った家庭は、常に息詰まる雰囲気の場所でもありました」とあるが、まさに。「配慮と介入・支配が実は表裏一体」といった、微妙な話ではない。著者は幼いころから両親からのあからさまな暴力にさらされてきた。著者が記憶にある限り、父親は「お父さん」と呼びかけても著者をみることすらしない反面、突然キレた状態になり、意味不明の暴力をふるった。母親は、ただただ衝動的で、著者が嫌がることをわざと執拗に繰り返した。たとえば、母親に「これ食べていいよ」と渡されたクッキーを幼い著者が食べてみると、消しゴムだった。母親は「あんたバカじゃないの」とげらげら笑ったという。このような虐待をサバイバルした著者が、過去を客観視する賢さと健やかさを備えられたことに感嘆する。
 仕事をして自立したいと強く望んだ著者は、契約社員から正社員になれた。しかし、たった一年で、会社の扱う商材から出る化学物質に対してアレルギー反応が出てしまい、医師のすすめで休職することになる。そして突然来訪した両親の勧めにのって、退職し実家に戻ってしまった。この判断を長く後悔することになる。実家に戻った著者に待っていたのは、両親による軟禁状態(郵便物を勝手に開封、電話の内容の盗み聞き…)、人格攻撃、体当たりでのトイレや入浴妨害、「ただいま」といえば「声が小さい、やり直せ!」と軍隊調の訓練…。果は通帳の暗証番号まで聴きだし勝手に引き出そうとする。愕然とするような日々を「物心つく前からずっとこうなので、予定調和すぎて、ほとんどコント」とまとめるのが、尚更痛々しい。
 脱貧困運動の第一人者湯浅誠は、貧困とは三つの「溜め」(お金の「溜め」、人間関係の「溜め」、がんばろうと思える精神的な「溜め」)が枯渇した状態というが(著者の引用による)、実家に戻ったことにより、著者はこれらが干上がっていく。多数の本を読む力を備えた著者の場合、それが強みになって、苛酷な状態でも精神的な「溜め」を辛うじて残せたのではないか。なお、就職の面接で「誰の本が好きですか」という面接官に「能町みね子さん、桐野夏生さん、北原みのりさん、杉山春さんなどが好きです」と素直に答えたという。面接官に「知らね〜」と言われてしまい胸中毒づいたというが、正直ではあるがこの正直さが面接にはウケなかったのかもしれない。
 精神的な「溜め」が残っていたからこそ、著者は何とか恐ろしい実家を再び脱出できた。そして、著者を気遣い、有益な助言をくれる、役所の福祉課の職員と出会う。著者は、福祉課の職員の真摯なアドバイスを得て、なお就職活動を続ける気力も持ち続け(彼女たちは著者の履歴書をチェックしたり、面接の予行演習までしてくれる)、契約に反するのも意に介さず退去を言い渡す大家とも交渉を重ねる。結局、どちらも有効ではなく、著者は、生活保護を受給し、気に入っていた部屋から引っ越すことになるが、「誰かから配慮されている」ということ自体が、著者を励ますことになり、着々とそれらを遂行する後押しになったことがひしひしとわかる。
 生活保護受給にあたり、虐待親に扶養照会がいくというのが、著者にとっては恐怖であり、生活保護受給申請に踏み切れないでいた。虐待があった場合には扶養照会しないとの説明を受けた際の著者の安堵。家族という「溜め」がない苛酷な状態にあるからこそ公的な援助が必要な人に、扶養照会というのは苛酷なことだ。
 インターネットで記事を書くようになった著者は、ネット上の反応にも、喜びを感じる。相変わらず、生活保護を受給し、化粧品は買わない、ブラジャーもしないなど、「おススメできない究極節約作戦」を実践しているというが、人さまからの温かな言葉が、精神的な「溜め」を保つことになる。「溜め」とは、役所や、ネット上など一見疎遠なような関係性からでも、育んでいけるのだ。四六時中一緒にいるわけではなくても、家族でも友人でもない、仕事上の付き合いの人であっても、リアルでは会ったことすらなくても、その人のことを誠実に考えている、温かな気持ちで向き合っている、というサインを発することだけで、絶望の淵に突き落とされそうだった人を寸でのところで留めうるんだということに、希望を抱く。
 「本当に私は、生きて、最低限度の生活を営んでいていいんだ」。以前正社員となることこそ真っ当と思い、公的な受給をすることが世の中のお荷物になるようで罪悪感を抱いていた著者であるが、救いを求めて安定を得たのだとおずおずと実感する。憲法25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」がまさに血肉化されていると、涙が出る。
 著者のような見識と筆力を持たず、痛めつけられ茫然と立ち尽くしている貧困者もいるかもしれない。だからこそ、生活保護を受給するに至った著者の発信、貴重である。いまなお生活保護バッシングが続くことからしても。(良)
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