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スベトラーナ・アレクシエービッチ著 松本妙子訳『チェルノブイリの祈り 未来の物語』岩波現代文庫 2011年

 福島第一原発事故後、いいようのない不安に襲われた。しかし、日々の忙しい生活は一見変わらない。目の前のことを対処しているうちに、自分の、そして他者の不安、心配、恐れ、悲しみを忘れようとし、実際ほぼ忘れることができた。この本を読んで、これは日本にいる私たちの物語でもあると気づく。痛み、苦しみが否応なく蘇る。
 チェルノブイリ事故、あるいは福島第一原発事故は、専門家により、哲学的に、政治学的に、社会学的に、科学的に語られ、分析されてきた。前から原発の危険を指摘してきたという本、放射能の危険を説く本、むしろさほど危険はない、「正しく恐れる」べきだという本、人びとが生活してきたあとが残されているけれども荒廃した地の写真の数々を収めた本、避難した人々の不安、嘆きが集められた本…。アレクシエービッチは、分析しないし、説明もしない。ひたすら、様々な人たちの記憶、思い…、慟哭、慨嘆、後悔、絶望、皮肉…ひとつひとつを大切に大切に拾い上げ、記録していく。子どもたち、老人、教師、牧師、消防士、兵士、環境保護監督官、etc.。それによってなんと深く、多様に、あの事故は何だったのかを示してくれる。
 「元核エネルギー研究所所長」といった肩書の人も、アレクシエービッチの前では、しれっと客観的分析をするだけにとどまってはいられない。不安や動揺、組織の不合理な指示に唖然としながらも小役人的に押し黙ってしまったことへの自責の念を吐露する。無知と閉鎖性が結託している党の連中の前で、線量計を持ち歩いても、一瞬ぎょっとされても、「あんた一人なんだってヒステリーを起こしているんだね」と嘲笑される。組織の中のつまらない賞賛を狙う人々のために、どれだけの命が犠牲になったのか。「あいかわらず、スターリンの国家なんです」といった自嘲、自責の言葉をつぶやくひとは研究所所長に限らない。しかし、組織の中でのつまらない保身、批判の欠如、人びとの命の軽視は、スターリン時代を経験していない日本の「原子力ムラ」の様相とうり二つではないだろうか。「連中が心配しているのは住民のことじゃない、政府の事です。国家が最優先され、人命の価値はゼロに等しいのです」。そんな人たちが大勢の他者の、私たちの人生を左右できる法外な権力を持っているということも。
 あるいは、何の肩書もない人たちが、詩を紡ぐ、哲学を語る、ベラルーシの政治を語る。とりとめなく話し続ける人もいれば、妻と娘が語るわきで一言も話さない男もいる。生々しい戦争の記憶と重ねる人もいれば、全く違うと語る人もいる。自分自身の、あるいは目撃した他者の、戦争やチェルノブイリでの痛み、苦しみも随所で語られる。子ども時代周りでは戦闘が繰り広げられ、撃たれて血まみれになった父を家の前に埋葬したが、その大地は安らかな眠りの地ではなかった、村中に憎まれていたポリツァイ(ナチスが被占領地の住民から徴募した警官)の子を身ごもっていた女性が川べりの茂みの中で煉瓦を頭に打ちつけて自殺しようとしていた、それは過去のことだと思っていた、しかし何度もチェルノブイリに出かけて、恐怖の中に落ちていく、自分が崩壊しつつある、と語るのは精神科医だ。
 避難した人も、残り続ける人も、生活が一変してしまった。残り続けるサマショールの語りは詩のようだ。「放射能は目に見えないなんて嘘っぱち、そのセシウムとやらはうちの畑にころがっていて、雨が降ったら流れちまいました。私のスカーフほどの大きさで、青いのと赤いのと」、「見えてしまえばもうたいしてこわくない」、「井戸には錠がかけられ、シートがかぶせられちまった、なにが汚れているもんかね、あんなに澄んでいるのに!」。
 「ごくふつうの、たいしたことない男。仕事にいき、家に帰り、年に一度休暇をとってどこかに出かけるという標準的な人間」だったが、ある日突然、「チェルノブイリ人」という「珍しいもの」に変わってしまった、というひと。彼は、最初の数日のうちに、全人生を失った、と感じたという。小さくて何も理解していないだろうと思っていた6歳の娘に「パパ、あたしね、生きていたい。まだ小っちゃいんだもの」とひそひそささやかれたこと。その娘は何か大きな人形が入っていた箱のようなものを棺として横たわって…。彼は「おしまいにします!とても話せない」と言いながら、証言したいのだ、とも言う。しかし、望まれているのは、このことを忘れることなのだ、と…呻きのような言葉。
 作業に携わった兵士たちの合唱。家族を想い、本当は行きたくなかったという兵士もいれば、「祖国に奉仕するためだ」「ほんものの男たちがほんものの仕事をしに行くんです」と勇ましい兵士もいる。しかし、どの場合でも、家族が離れてしまったり、病気になったり、障害者になったり、同じく駆り出された仲間たちが気がふれたり自殺したり、白血病で死んだときいたり…。着ていた服は全て捨てたが、幼い息子がとても気に入ったのでパイロット帽だけは残しておいた。しかし、その2年後に息子は脳浮腫と診断されたと言って口をつぐむ兵士の思いに胸がつぶれる。「アフガンから帰ったときは、これから生きるんだと思った。しかし、チェルノブイリは、逆。殺されるのは帰ってからなんです」。
 子どもたちの語りも読んでいて嗚咽が止まらない。避難しても、転校先の小学校で早く死ぬからと「ホタル」と呼ばれ、「放射能が移る」と忌み嫌われる。病室で苦しい息の中で、2回手術し家に帰され、3回目の手術の前に首を吊った友だち、「私たち、死ぬのね」と泣いていた友だちのことを話す子どもは、「毎晩、飛び回る」、「いまでは、空はぼくにとって生きたものです。空を見上げると、そこにみんながいるから」とつぶやく。
 それまではこんなに愛していると気づかなかったかけがえのない家族たちへの想い。冒頭の消防士と結婚したばかりだった妻の語りは圧巻だ。妊娠6か月の彼女はそれを秘して夫の病院を探しあてる。愛する夫が「放射能汚染物体」だ、近づいてはいけないといわれて、わかりましたと引き下がれるものだろうか。自分の内臓で窒息死してしまう夫を前に、どうしたらいいのだろう、何をどう理解すればいいのだろう。その夫との間の子どもは、肝硬変、先天性心臓欠陥、4時間しか生きられなかった。その上科学の名のもとに、子どもの遺体まで取り上げられてしまう。消防士の妻の語りから、ニュースで簡単に報じられる「大事故」以上の大惨事があったことをまざまざと知る。彼女の最後の言葉には胸を打たれる。「私があなたにお話ししたのは、愛について。私がどんなに愛していたか、お話ししたんです」。
 無数のひとの祈りが合唱のように響く。この響きはこの社会でも耳を澄ませば聞こえてくるはずなのだ。耳を澄まさなければ。今後このような悲痛な叫び、つぶやきがこの大地に漏れることがないように。 (良)
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