判例 その他
12 その他

2020.12.17
大学院客員研究員の原告が、指導教員のアカデミックハラスメントを含む不適切な指導に関して、大学機構と指導教員に対し損害賠償を請求したところ、大学機構への請求が一部認容され、指導教員への請求が棄却された事例
[名古屋地裁2020(令和2)年12月17日判決 裁判所ウェブサイト、判時2493号23頁]
[事実の概要]
国立大学医学系大学院博士課程満期退学後に客員研究員となった原告は、指導教員の講師によって相当な理由なく論文の共著者から除外するなど数件の行為により精神的苦痛等を被ったとして、指導教員と大学機構に対して損害賠償を請求した。
[判決の概要]
「教員等の学生等に対する言動が不法行為法上の違法行為に該当するかは、…諸事情を考慮して…当該行為が…合理的な範囲を超えて、社会的相当性を欠く行為といえるかどうかにより判断するのが相当と解される。」「(論文の共著者からの除外については)原告に対する嫌がらせ行為を行ったとまで認められないものの…合理的な範囲を超えて、社会的相当性を逸脱した違法行為に該当する。」「被告機構は、…原告が被った損害について、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を負う。…本件では、被告本人[講師]は損害賠償を負わないと解するのが相当である。」と判断して、被告機構に対して11万円余の支払いを命じ、その余の請求を棄却した。

2020.11.11
インターネット上に掲載された投稿によって名誉を棄損されたことを前提に発信者情報の開示を求める請求について、原判決を取り消し、開示を認めた事例
[東京高裁2020年(令和2)年11月11日判決 判タ1481号64頁]
[事実の概要]
@事件:A社転職口コミサイトにおいて、Y1社の経由プロバイダとして、X1社の社会的評価を低下させる記事が投稿された。
A事件:Y2社が管理運営する投稿欄において、X2社の口コミ投稿欄において社会的評価を低下させる記事が投稿された。
XはYに対して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」とする。)4条1項に基づき、発信者情報の開示を求めた。原審は、投稿内容が真実である可能性を否定できず、違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情が存在しないとは認められないとして請求を棄却した。
これに対して、Xが控訴した。
[判決の概要]
法4条1項において発信者情報の開示は「正当な理由があるとき」であって「権利が侵害されたことが明らかであるとき」に限って認められる。「権利侵害されたことが明らかであるとき」とは、名誉が棄損されたことに加え、違法性阻却事由の存在がうかがわせるような事情の存在しないことが必要であるとされている。すなわち、本訴では違法性阻却事由は発信者において立証責任を負うべきところ、開示請求においては権利侵害された者が主張立証責任を負うという制度建付けになっている。
本件では、いずれの事件においても、発信者から投稿についての根拠を述べる回答書が提出されているものの、回答書の内容が抽象的な事実にとどまり、X側で反論できる内容となっていなかった。
判決では、法4条の趣旨からすれば、立証責任を転換したことによって、事実の不存在まで厳密な立証を求めると、抽象的な事実に留まる回答書に対して、およそそのような事実はないという不可能に近い立証を強いることになり、相当ではない、として、権利侵害の明白性の立証が一応できていると認定・解釈され、発信者情報の開示請求が一部認容された。

2018.9.11
日本年金機構が父母の離婚後父の被扶養者とされていた子につき、母からDVを理由として保護した旨の証明書を添付して父の被扶養者から外れる旨の申出がされたことを理由に父の被扶養者から外した処分が健康保険法3条7項1号に反するとされた事例
[札幌地裁2018(平成30)年9月11日判決 LLI/DB L07350721]
[事実の概要]
原告である父と母は元夫婦であり、子(2011年生)は父母間の子である。父母は和解離婚した際、子の親権者を母とし、父は母に養育費として月額23万円を払うこと等を定めた。
離婚に伴い、子は父の被扶養者からはずされたが、2014年3月、再び父の被扶養者とされた。
母は、2015年1月、A市の男女共同参画室から母子をDVを理由として一時保護した旨の保護証明書の発行を受け、同年2月、子を父の被扶養者から外すよう申し出た。同年1月、B年金事務所は、父に対し、子については父により生計を維持されていないことが確認されたため扶養から外れることになると通知し、被扶養者(異動)届を出すよう依頼した。被告日本年金機構は、子を父の被扶養者から外す処分(本件処分)をした。
本件は、父が日本年金機構に対し、本件処分の取消しを求めた訴訟である。
[判決の概要]
判決は、父に本件処分の取消しを求める原告適格を有するとした上で、本件処分の適法性については、以下のように判断した。
確かに、DV被害者がDVを理由として保護を求め、その結果保護証明が発行された場合には、被害者の安全を確保すべき緊急性…必要性が高いから、保護証明を添付して被扶養者から外れる旨の申出がなされた場合にいったん被扶養者から外すという運用は、DV防止法の趣旨に沿う。被害者が被保険者である加害者から避難した場合には、被保険者と被扶養者との生計維持関係が解消されていることが少なくないことから、この運用は健康保険法3条7項各号にいう「被扶養者」の解釈からも合理性がある。
しかし、「被扶養者」に当たるか否かにつき、健康保険法3条7項各号の解釈問題であり、DV防止法において被扶養者から外す手続の特則が定められている訳でもないことからすると、行政機関が定めた基本方針や通知が健康保険法に優先するものではないことは明らかである。そして、健康保険法には、被扶養者資格の認定、取消しに当たり、生計維持関係以外の事情を考慮することについて保険者に裁量を認める規定はない。
そうすると、申出がされたためにいったん被扶養者から外す処分がされたものの実際には生計維持関係が解消されたことが後の取消訴訟で判明した馬合には、処分は取消しを免れない。申出がされたことのみをもって本件処分が適法になることはなく、適法といえるためには、本件処分がされた当時、子が健康保険法3条7項各号のいずれにも該当しないことを要する。
健康保険法3条7項1号は、「被保険者の(略)子(略)であって、主としてその被保険者により生計を維持するもの」とある。父母がその子の養育費を共に負担している場合に子がいずれの被扶養者に該当するのか判断するに当たっては、家計の実態や社会通念等を踏まえ、主として子の生活を経済的に支えているのが父母のいずれであるかを専ら考慮すべきである。親権や同居の有無は、それ自体では生計維持関係の有無を判断する重要な考慮要素ではない。単にDV被害の発生のおそれや様々な不都合があると言うことだけでは、生計維持関係を否定することはできない。父母の一方が子に関する経済活動の意思決定等を専ら行っているとしても、それを主として経済的に支えているのが被保険者であれば、その子は被保険の被扶養者というべきである。 父からの養育費は月額23万円であり、母の年収は約105万円(月額9万円に満たない)とすれば、本件処分当時、主として子の生活を支えてきたのは父であるといえ、子は健康保険法3条7項1号により、父の被扶養者であったというべきである。 以上より、本件処分は違法であるとして、取り消した。

2018.8.29
いわゆる「別れさせ工作委託契約」について、その目的達成のために想定されていた方法及び実際に実行された方法を考慮して公序良俗に反しないと判断された事例
[大阪地裁2018(平30)年8月29日判決 判タ1484号243頁]
[事実の概要]
調査委託契約及び別れさせ工作契約について「本件契約等の目的達成のために想定されていた方法は、人倫に反し関係者らの人格、尊厳を傷付ける方法や、関係者の意思に反してでも接触を図るような方法であったとは認められす、また、実施に実行された方法も、工作員女性が対象男性と食事をするなどというものであったというのである。これらの事情に照らせば、本件契約等においては、関係者らの自由な意思決定の範囲で行うことが想定されていたといえるのであって、契約締結時の状況に照らしても、本件契約等が公序良俗に反するとまではいえない。」とした。
公序良俗に関する民法90条について、平成29年法律第44号により改正前の「事項を目的とする」文言が削除されたところ、当該改正はむしろ従来の裁判実務を反映させたともいうべきものであり、改正前より裁判実務においては対象となる法律行為の内容のみではなく、当該契約締結過程もふまえて個別具体的に検討されてきた。本判決も同様の判断枠組みにしたがって判断したものであり、上記民法改正により影響は受けないものと考えられる。

2018.7.18
別居し離婚協議中の妻の連れ子が起こした事故につき、船員として1年の大半を洋上で過ごしていた加害車両の所有名義人である夫の運行供用者性が否定された例
[大阪地方裁判所2018(平成30)年7月18日判決 交通事故民事判例集51巻4頁865頁]
[事実の概要]
Y1(夫)は車を自己名義で購入したが主たる使用者は購入当初からほとんどY2(妻)であった。Y1は船員として1年のほとんどを洋上ですごし、車にほとんど乗っていなかった。
妻の連れ子Y3はY1と会ったこともなく、自動車保険は年齢条件により補償の対象外であった。Y3は運転免許を持たず、Y2から鍵を借りて運転し事故を起こした。
夫婦は事故の1カ月前に離婚を前提に別居し、事故の約10日前の離婚調停においてもY2の車使用が確認されていた。被害者がYらに損害賠償請求した。
[判決の概要]
Y1がY3による加害車の運行を支配・制御しうる立場にあったとはいえず、Y3が加害車を運行することを容認していたといわれてもやむをえない事情があるともいえない。Y1は別居後は加害車の使用利益を享受していたとは認められない。Y1が自賠法3条の運行供用者(自己のために自動車を運行の用に供する者)に該当するとは認められず、自賠法3条に基づく責任を負うとは認められない。

2016.1.19
出生届を出さなかったことにつき戸籍法違反で過料5万円の決定を受けた母が即時抗告をしたところ簡裁の決定が取り消された事例
[横浜地裁2016(平成28)年1月19日決定 神奈川新聞web2016年1月19日20時24分]
[事実の概要]
母は1961年に前夫と結婚し九州で暮らしていたが、暴力に苦しみ、離婚しないまま1980年に神奈川県に避難した。1982年に別の男性との間に娘が生まれたが、民法772条1項により前夫の子と推定されるため前夫に娘の存在を知られないように出生届を出さなかった。
2014年、前夫との離婚が成立し、2015年6月に娘の出生届を出したところ、自治体が「生後14日以内」の届出を定めた戸籍法49条1項に反するとして簡裁に通知した。藤沢簡易裁判所は、同年8月7日付で、届出期間を過ぎたことに「正当な理由がない」として、戸籍法135条に基づき、母に5万円の過料の決定を出した。
母が即時抗告。
[決定の概要]
決定は、前夫から激しい暴力を受けていた母親が、娘の存在が知られれば、その生命が脅かされると恐れたことに理解を示し、出生届を出さない「やむを得ない事情といえる」とし、過料を科するべき法令違反には当たらないとして、簡裁決定を取り消した。

2016.1.18
芸能プロダクションから所属する女性アイドルであった女性とその交際相手らへの請求がいずれも棄却された事例
[東京地裁2016(平成28)年1月18日判決 労働判例ジャーナル51号32頁、LEX/DB25542337]
[事実の概要]
原告芸能プロダクションAは、Aとの間で専属マネージメント契約を締結した上でAに所属する女性アイドルであった被告B、被告Bのファンであり交際相手だった被告C、及び被告Bの両親である被告D夫妻に対し損害賠償等を請求した事案である。
具体的には、BとCに対しては、Bがイベント等への出演義務を一方的に放棄して逸失利益等合計764万9,900円の損害を生じさせたとして、主位的には契約の債務不履行又は不法行為に基づき、予備的には不利な時期に契約を解除したとして委任に関する民法651条2項に基づき、上記764万9,900円とその1割の弁護士費用を加えた合計841万4,890円、さらには交通費を詐取したとして合計42万2,400円を請求した。
Bの親権者であるD夫妻は、Aに対し、信義則上の義務として、Aの生活及び活動状況を適切に管理する義務があるのに違反したとして、不法行為に基づき、100万円とその1割の弁護士費用の支払いを求めた。
[判決の概要]
1 Bに契約の債務不履行があるか、不法行為が認められるか。
ライブに出演しなった等のBの行為は、形式的には契約の条項に違反するようである。しかし、なお、下記2の判断において、賠償義務を負うことになるのかを検討する。
2 契約は解除されたか、その効力はいつ生じたか
(1)契約の性質
BがAの指示に従って従事すべき義務を負い義務に違反した場合は損害賠償義務を負うという規定があるが、Bが得られる報酬の額について具体的な基準を定めていない等の契約の内容、Aが芸能タレントの育成及びマネージメント等を目的とする会社であり、Bは契約当時19歳9ヶ月の未成年であったこと等の実情を踏まえると、本件契約は、雇用類似の契約であったと評価するのが相当である。
そうすると、Bの解約の意思表示は、契約の規定にかかわらず、「やむを得ない事由」(民法628条)があるときは、直ちに本件契約を解除することができると解すべきである。
(2)契約を直ちに解除することの可否
契約上「別紙契約書」に乗じて算出した金額を報酬とするとの定めがあるにもかかわらず「別紙契約書」がなく、Aは報酬算定の根拠を示さない。その上Aは根拠も示さずBに対して1か月間活動しなかったことを理由に300万円もの賠償を請求している(他方、14ヶ月間の間にAがBに支払ったのは合計108万円)。
以上より、本件契約の内実は、Bに一方的に不利なものであり、契約の性質を考慮すれば、Bには契約を直ちに解除すべき「やむを得ない事由」があったといえる。
(3) 解約の効力が生じた時期
本件契約が雇用類似の契約であり、民法630条、620条前段から、解除は将来に向かってのみその効力が生じる。そこで、Bの7月26日付け内容証明郵便がAに届いた時(7月27日)に解除の効力が生じたと認められる。
(4) 債務不履行、不法行為についてのあてはめ
以上より、7月20日のライブに出演しなかった行為及び7月26日までの7日間に活動しなかった行為は、債務不履行に該当するが、7月27日以降の活動停止については、債務不履行に該当しない。
解除の効力発生までの間にBがCと性的な関係を持ったことについては、マネージメント会社が、アイドルの価値を維持するために「異性との性的な関係ないしその事実の発覚を避けたいと考えるのは当然」であり、契約に制限する規定を設けることも、一定の合理性がある。しかし、恋愛感情の具体的現れとして、異性と交際し、性的関係を持つことは、「自分の人生を自分らしくより豊かに生きるために大切な自己決定権そのもの」であり、「異性との合意に基づく交際(性的な関係を持つことも含む。)を妨げられることのない事由は、幸福を追求する自由の一内容をなすものと解される。少なくとも、損害賠償という制裁をもってこれを禁ずるというのは、いかにアイドルという職業上の特性を考慮したとしても、いささか行き過ぎな感は否め」ない。芸能プロダクションが契約に基づきアイドルが異性と性的関係を持ったことを理由に損害賠償請求をすることは、上記自由を著しく制約する。その請求が認められるのは、BがAに積極的に損害を生じさせようとの意図を持って公にした場合など、Aに対する害意が認められる場合等に限定される。
本件では、ライブ会場において、Bの交際を公表したのは、Aのプロデューサーである。Bが害意を持って公にした事実は認められない。
そこで、債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償請求は認められない。
3 解除前の7日間にAに生じた損害
Aはグッズ販売の中止による在庫が損害であると主張したが、Bが7日間活動に従事していればグッズが一部でも必ず売れたことを推認することはできない。
Aはライブ等によって得られるはずであったとして410万円の逸失利益を主張したが、ライブは実施されチケットの払い戻しは発生しておらず、逸失利益を認めるに足りる証拠はない。
信用毀損の主張についても、「多人数のメンバーを抱えるアイドルグループにおいては、一部のメンバーの欠席や脱退等がありながらもグループ全体として活動を続けるのは公知の事実」とし、Bが所属するグループも活動を続けることに支障はなかったもので、信用毀損が生じたとも認められない。
4 交通費
AがBに7月分の報酬を支払っていないこと等を踏まえて、交通費を被告の報酬から差し引いたものと解するほかはないとして、Bは交通費に関する損害賠償義務も負わない。
5 交際相手に対する請求
CはAとの関係で契約上も一般的にもBとの交際、性的な関係を持つことを禁じられるような義務を負わないから、違法な権利侵害は認められない。
6 両親に対する請求
契約当時Bが未成年であった点をとらえても、19歳9か月であり、アイドルとしての活動拠点もD夫妻が暮らす地方都市から遠く離れた東京都内であった上、BはCと交際を開始した際は成年に達していた。以上より、D夫妻は、Bの生活及び活動状況について、Aが主張するような管理監督義務をAに対して負うことはない。
以上よりいずれの請求も棄却した。

2015.12.17
被告市の保育園の利用継続不許可決定等の取り消しと処分の効力停止を求めた事案において、申立ての一部が認容された事例
[さいたま地裁2015(平成27)年12月17日決定 賃金と社会保障1656号55頁、LEX/DB25542076]
[事実の概要]
被告所沢市の保育所に通園していたA(2013年生)の保護者である申立人とその夫の間に、2015年Bが生まれ、申立人は育児休業を取得した。申立人は、Bの出生後、保育所を通じ、市長に対し、保育の利用継続申請をした。しかし、市長は、申立人に対し、Aについて保育の利用継続不許可決定をし、通知した。申立人は、保育の実施解除処分の仮の差止めを求める申立てをしたが、さいたま地裁はこの申立てを却下する決定をした。所沢市福祉事務所長は、Aにつき保育の利用解除処分をし、申立人に通知した。
申立人は、市長と福祉事務所長による各処分は児童福祉法24条1項、子ども、子育て支援法施行規則1条9号等の解釈、適用を誤り、又は裁量権を逸脱、濫用した違法があるなどとして、各処分の取消し祖求める訴え(本案事件)を提起するとともに、行政事件訴訟法25条2項に基づき、各処分の効力の停止を求めた。

該当条文
<児童福祉法24条1項>
市町村は、この法律及び子ども・子育て支援法の定めるところにより、保護者の労働又は疾病その他の事由により、その監護すべき乳児、幼児その他の児童について保育を必要とする場合において、次項に定めるところによるほか、当該児童を保育所(略)において保育しなければならない。
<子ども・子育て支援法19条1項>
子どものための教育・保育給付は、次に掲げる小学校就学前子どもの保護者に対し、その小学校就学前子どもの第二十七条第一項に規定する特定教育・保育、第二十八条第一項第二号に規定する特別利用保育、同項第三号に規定する特別利用教育、第二十九条第一項に規定する特定地域型保育又は第三十条第一項第四号に規定する特例保育の利用について行う。
(略)
二 満三歳以上の小学校就学前子どもであって、保護者の労働又は疾病その他の内閣府令で定める事由により家庭において必要な保育を受けることが困難であるもの
<子ども・子育て支援法施行規則1条>
子ども・子育て支援法(以下「法」という。)第十九条第一項第二号の内閣府令で定める事由は、小学校就学前子どもの保護者のいずれもが次の各号のいずれかに該当することとする。
(略)
九 育児休業をする場合であって、当該保護者の当該育児休業に係る子ども以外の小学校就学前子どもが特定教育・保育施設又は特定地域型保育事業(以下この号において「特定教育・保育施設等」という。)を利用しており、当該育児休業の間に当該特定教育・保育施設等を引き続き利用することが必要であると認められること。
[決定の概要]
争点1 重大な損害を避けるため緊急の必要があるかについて
「児童は、保育所等で保育を受けることによって、集団生活のルール等を学ぶとともに、保育士や他の児童等と人間関係を結ぶこととなるのであって、これによって、児童の人格形成に重大な影響があることは明らかである。」
いったん保育所で保育を受け始めたAが継続的に保育を受ける機会を喪失することによる損害はA、申立人にとって看過し得ないとみる余地が十分にある。Aの家庭における保育環境が厳しいこと等も踏まえると、保育を受けられないのは、A及び申立人にとって酷である。その損害は事後的な金銭賠償によって填補される性質のものではない。
以上より、重大な損害を避けるため緊急の必要がある。
争点2 本案について理由がないとみえるかについて
Aはぜん息にり患しており定期的に通院し服薬治療を受ける必要があること、長男(2010年生)もぜん息にり患しておりBもその疑いがあり、健康状態に気を配る必要があること、申立人はBの出産後慢性的な肩の痛みに悩まされており、医師から頚部筋筋膜炎で子の保育を要する状態にあると診断を受けたこと、申立人と夫の両親からの援助も期待できる状態にないこと等の事情を総合すると、Aにつき保育所における保育の利用を継続する必要性がないとはいえない。また、市長が決定するにあたり、これらの事情が正確に伝達されたのかは疑問であり、他の保育の利用継続が認められたケースとの比較において、本件決定が違法とみられる余地はある。
また、福祉事務所長の解除処分については、聴聞手続がとられておらず、保育の必要性について諸事情につき十分な情報収集がされ、それに基づき適切な評価がされたかについては疑問があることなどから、実質的にみて、申立人の防御権を行使する機会が奪われており、その手続の公正を害する程度の違法があるとみる余地もないとはいえない。
申立人は本案事件の判決が確定するまで各処分の効力の停止を求めたが、本案事件の判決が第1審で確定しなかった場合には、一審判決を踏まえて改めて各処分の効力を停止すべきかどうか判断するのが相当であるとして、決定の主文では、本案に関する第1審判決の言渡し後40日を経過するまで各処分の効力の停止を認めた。

2015.12.17
被告市の保育園の利用継続不許可決定等の取り消しと処分の効力停止を求めた事案において、申立ての一部が認容された事例
[さいたま地裁2015(平成27)年12月17日決定 賃金と社会保障1656号45頁、LEX/DB25542075]
[事実の概要]
被告所沢市の保育所に通園していたA(2012年生)の保護者である申立人の妻は、2015年Bを出産し、育児休業を取得した。申立人は、Bの出生後、保育所を通じ、市長に対し、保育の利用継続申請をした。しかし、市長は、申立人に対し、Aについて保育の利用継続不許可決定をし、通知した。申立人は、保育の実施解除処分の仮の差止めを求める申立てをしたが、さいたま地裁はこの申立てを却下する決定をした。所沢市福祉事務所長は、Aにつき保育の利用解除処分をし、申立人に通知した。
申立人は、市長と福祉事務所長による各処分は児童福祉法24条1項、子ども、子育て支援法施行規則1条9号等の解釈、適用を誤り、又は裁量権を逸脱、濫用した違法があるなどとして、各処分の取消し祖求める訴え(本案事件)を提起するとともに、行政事件訴訟法25条2項に基づき、各処分の効力の停止を求めた。

該当条文 <児童福祉法24条1項>
市町村は、この法律及び子ども・子育て支援法の定めるところにより、保護者の労働又は疾病その他の事由により、その監護すべき乳児、幼児その他の児童について保育を必要とする場合において、次項に定めるところによるほか、当該児童を保育所(略)において保育しなければならない。
<子ども・子育て支援法19条1項>
子どものための教育・保育給付は、次に掲げる小学校就学前子どもの保護者に対し、その小学校就学前子どもの第二十七条第一項に規定する特定教育・保育、第二十八条第一項第二号に規定する特別利用保育、同項第三号に規定する特別利用教育、第二十九条第一項に規定する特定地域型保育又は第三十条第一項第四号に規定する特例保育の利用について行う。
(略)
二 満三歳以上の小学校就学前子どもであって、保護者の労働又は疾病その他の内閣府令で定める事由により家庭において必要な保育を受けることが困難であるもの
<子ども・子育て支援法施行規則1条>
子ども・子育て支援法(以下「法」という。)第十九条第一項第二号の内閣府令で定める事由は、小学校就学前子どもの保護者のいずれもが次の各号のいずれかに該当することとする。
(略)
九 育児休業をする場合であって、当該保護者の当該育児休業に係る子ども以外の小学校就学前子どもが特定教育・保育施設又は特定地域型保育事業(以下この号において「特定教育・保育施設等」という。)を利用しており、当該育児休業の間に当該特定教育・保育施設等を引き続き利用することが必要であると認められること。
[決定の概要]
争点1 重大な損害を避けるため緊急の必要があるかについて
「児童は、保育所等で保育を受けることによって、集団生活のルール等を学ぶとともに、保育士や他の児童等と人間関係を結ぶこととなるのであって、これによって、児童の人格形成に重大な影響があることは明らかである。」
いったん保育所で保育を受け始めたAが継続的に保育を受ける機会を喪失することによる損害はA、申立人にとって看過し得ないとみる余地が十分にある。Aの家庭における保育環境が厳しいこと等も踏まえると、保育を受けられないのは、A及び申立人にとって酷である。その損害は事後的な金銭賠償によって填補される性質のものではない。
以上より、重大な損害を避けるため緊急の必要がある。
争点2 本案について理由がないとみえるかについて
Aがてんかんを疑われ現在も検査のため定期的に通院する必要があること、長女(2011年生)は屈折性弱視と診断され定期的に通院する必要があること、妻は慢性的な手のしびれや膝の痛み、偏頭痛に悩まされていること、申立人は午前7時前に出勤し午後9時過ぎに帰宅することも少なくないこと、申立人と妻の父母からの援助も期待できる状態にないこと等の事情を総合すると、Aにつき保育所における保育の利用を継続する必要性がないとはいえない。また、市長が決定するにあたり、これらの事情が正確に伝達されたのかは疑問であり、他の保育の利用継続が認められたケースとの比較において、本件決定が違法とみられる余地はある。
また、福祉事務所長の解除処分については、聴聞手続がとられておらず、保育の必要性について諸事情につき十分な情報収集がされ、それに基づき適切な評価がされたかについては疑問があることなどから、実質的にみて、申立人の防御権を行使する機会が奪われており、その手続の公正を害する程度の違法があるとみる余地もないとはいえない。
申立人は本案事件の判決が確定するまで各処分の効力の停止を求めたが、本案事件の判決が第1審で確定しなかった場合には、一審判決を踏まえて改めて各処分の効力を停止すべきかどうか判断するのが相当であるとして、決定の主文では、本案に関する第1審判決の言渡し後40日を経過するまで各処分の効力の停止を認めた。

2015.9.29
育児休業をとると2歳児以下の保育園児を原則退園させる市の制度により上の子が退園とされた母親が求めた退園の執行停止の仮処分が認められた事例
[さいたま地裁2015(平成27)年9月29日決定 労働判例ジャーナル47号50頁、LEX/DB25541441]
[事実の概要]
埼玉県所沢市は、在園児の保護者が出産し又は出産を予定し育児休業をとることと予定している場合に、在園児について保育所の利用の継続を希望する場合、市に利用継続の申請を受け、利用継続の必要がないと判断する倍には継続不許可決定通知を出す等と条例で規定していた。同市内の保育所に上の子を通園させていた母親が育児休業中における保育所利用の継続を申請したところ、同市長から保育の利用継続不可決定を、同市福祉事務所長から保育の利用解除処分を受けた。母親は、継続不可決定には児童福祉法24条1項等の解釈、適用を誤った違法があるとして、執行停止を求める申立てをするとともに、本件解除処分の執行停止をも求める申立てをした。
[決定の概要]
重大な損害を避けるため緊急の必要があるか(争点1)については、いったん保育所で保育を受けはじめた子どもが継続的に保育を受ける機会を喪失することによる損害は、子ども及び親権者である母親にとって看過し得ないものであり、その損害は事後的な金銭賠償等によっては填補されるものではないとして、肯定した。
「本案について理由がないとみえるとき」にあたるか(争点2)については、まず、母親が産後高血圧となり慢性的な頭痛を抱えている、母親の夫は過去にうつ病を発症し、現在も就業が不規則で家事育児に十分な協力を求めることが期待し難いこと等から、理由がないとみえるときにあたるとの市の主張を斥けた。さらに、児童福祉法33条の5が2012年に改正され、保育の利用解除が行政手続の適用が除外されるものではなくなったことから、市福祉事務所長は本件解除処分をするに当たって、母親に対して聴聞手続を執る必要があった。聴聞手続を執らなかった本件解除処分は違法とみる余地があるとも指摘して、「本案について理由がないとみえるとき」には当たらないとした。
以上より、本案事件の一審判決の言い渡し後40日を経過するまで各決定の効力を停止するのが相当であるとした。

2015.9.18
アイドルグループの一員が男性との交際を禁じた規約に違反したとする損害賠償請求につき一部認容した事例
[東京地裁2015(平成27)年9月18日判決 2015年9月20日付朝日新聞朝刊(千葉雄高記者)]
[事実の概要]
2013(平成25)年3月少女(2015(平成27)年判決時17歳)はマネジメント会社と契約した際に、「異性との交際禁止」「男友達と2人で遊んだり、写真を撮ったりすることは禁止」等の規約を告げられた。同年7月に6人グループのアイドルとしてデビューしたが、同年10月に男性との交際が発覚した。同月、グループは解散した。
マネジメント会社などが、少女の規約違反によりグループを解散せざるを得なくなったとして、少女と親に計510万円の損害賠償を求めて本件訴訟を提起した。
[判決の概要]
被告側は、「アイドルにとって、異性と交際しないことは不可欠の要素ではない」と主張したが、判決は、「女性アイドルである以上、男性ファンの支持獲得に交際禁止は必要だった」、「アイドルの交際発覚はイメージ悪化をもたらす」などとして規約違反を認め、計約65万円の賠償を認めた。

2015.9.9
アダルトビデオ(AV)への出演を拒否した女性に対するプロダクション会社からの違約金等の請求が棄却された事例
[東京地裁2015(平成27)年9月9日判決 労働判例ジャーナル51号39頁]
[事実の概要]
高校生のときにタレントとしてスカウトされた女性は、プロダクション会社と「営業委託契約」を結んだ。意に反して露出度の高いグラビア撮影をされ、20歳になると会社が無断でAV出演を決定した。出演後、さらに出演契約を結ばされることになった。精神的なショックで体調を悪化させたこともあり、出演を拒否したところ、会社から契約違反として2460万円の違約金などを請求された。
[判決の概要]
判決は、本人の意に反して強要できない性質の仕事であるとして、会社側の請求を棄却した。

2015.8.7
前夫の暴力を恐れて33年間出せなかった娘の出生届を提出した母に戸籍法違反で過料が科された事例
[藤沢簡裁2015(平成27)年8月7日決定 2015年9月20日毎日新聞朝刊(反橋希美記者)]
[事実の概要]
母は前夫の激しい暴力に耐えかねて、1980年に別居し、1982年に別の男性との間に娘が生まれた。出生届を出すと、戸籍上前夫の子になるため、前夫に娘の存在を知られることを恐れ、出せなかった。2015(平成27)年6月、娘が申し立てた実父を相手方とした認知の審判が確定。2014(平成26)年に前夫との離婚も成立していた母が、上記審判の確定後に自治体窓口に出生届を提出したところ、自治体が藤沢簡易裁判所に届出期間超過の通知を出した。
[決定の概要]
決定は、民法772条による出生届の提出の遅延を認め、遅延につき正当な理由も認めず、戸籍法49条違反として金5万円の過料(戸籍法135条)を科すものとした。
[ひとこと]
報道によると、弁護団が結成され即時抗告が申し立てられるとのことである。

2015.4.9
責任無能力者である未成年者が他人に損害を加えた場合に,その親権者が民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったとされた例
[最高裁判所第一小法廷2015(平成27)年4月9日判決 戸籍時報726号70頁]
[事実の概要]
2004年,今治市の小学校で,11歳11か月の小学生Cがフリーキックの練習中に,過ってサッカーボールを蹴り出し,校庭の外の道路に出た。これをよけようとしたバイクに乗った85歳の男性が転倒し,左脛骨及び左腓骨骨折等の障害を負い,約1年後に入院中に,誤嚥性肺炎により死亡した。遺族が2007年,約5000万円の損害賠償請求の訴えを提起した。控訴審(大阪高裁)は,11歳だった小学生の過失を認め,両親に1180万円の賠償を命じた。両親が上告した。
[判決の概要]
満11歳の男子児童であるCが本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴ったことは,ボールが本件道路に転がり出る可能性があり,本件道路を通行する第三者との関係では危険性を有する行為であったということができるものではあるが,Cは,友人らと共に,放課後,児童らのために開放されていた本件校庭において,使用可能な状態で設置されていた本件ゴールに向けてフリーキックの練習をしていたのであり,このようなCの行為自体は,本件ゴールの後方に本件道路があることを考慮に入れても,本件校庭の日常的な使用方法として通常の行為である。また,本件ゴールにはゴールネットが張られ,その後方約10mの場所には本件校庭の南端に沿って南門及びネットフェンスが設置され,これらと本件道路との間には幅約1.8mの側溝があったのであり,本件ゴールに向けてボールを蹴ったとしても,ボールが本件道路上に出ることが常態であったものとはみられない。本件事故は,Cが本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴ったところ,ボールが南門の門扉の上を越えて南門の前に架けられた橋の上を転がり,本件道路上に出たことにより,折から同所を進行していたBがこれを避けようとして生じたものであって,Cが,殊更に本件道路に向けてボールを蹴ったなどの事情もうかがわれない。
責任能力のない未成年者の親権者は,その直接的な監視下にない子の行動について,人身に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務があると解されるが,本件ゴールに向けたフリーキックの練習は,上記各事実に照らすと,通常は人身に危険が及ぶような行為であるとはいえない。また,親権者の直接的な監視下にない子の行動についての日頃の指導監督は,ある程度一般的なものとならざるを得ないから,通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は,当該行為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められない限り,子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない。
Cの父母である上告人らは,危険な行為に及ばないよう日頃からCに通常のしつけをしていたというのであり,Cの本件における行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれない。そうすると,本件の事実関係に照らせば,上告人らは,民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったというべきである。
[ひとこと]
これまで偶然性の大きい事故でもほぼ自動的に親の責任が認められてきたが,事故の際の具体的状況,防ぐために親は何ができたか等も検討し,親の責任を否定した。

2014.9.25
性的虐待行為により精神疾病を発症した被害女性の叔父に対する損害賠償請求権が除斥期間の経過により全て消滅したとして棄却した一審判決を変更し、除斥期間の起算点をうつ病が発症した時点として、うつ病を発症したことを理由とする損害賠償請求権を認めた事例
[札幌高裁2014(平成26)年9月25日判決 判時2245号31頁、LEX/DB25504930]
[事実の概要]
控訴人は1978(昭和53)年1月上旬(当時3歳10月)から1983(昭和58)年1月上旬(当時8歳10月)まで、叔父である被控訴人(当時31歳から36歳)から数回にわたりわいせつ行為及び姦淫行為を受けた。このことにより、控訴人はPTSD及び離人症性障害及びうつ病を発症した。
[判決の概要]
被控訴人はわいせつ行為の一部を認めるも、その余のわいせつ行為や姦淫行為を否認したが、一審の釧路地裁2013(平成25)年4月16日判決(判時2197号110頁)は、控訴人の供述の信用性を認め、わいせつ行為及び姦淫行為を認めた。しかし、PTSD及び離人症性障害は性的虐待行為の終了前に発症しており、「一連のわいせつ行為からなる性的虐待行為を一個の行為と擬制して、(除斥期間の)起算点を本件性的虐待行為の最終時点としても、その時点から本件訴訟の提起までに20年が経過している」として、原告の損害賠償請求権は消滅しているとして、請求を棄却した。
控訴審では、PTSD、離人症性障害の発症時期を1973(昭和58)年ころに発症したと認定する一方、うつ病は2006(平成18)年9月ころに発症したと認め、いずれも性的虐待行為を受けたことによるものとし、PTSD、離人症性障害を発症したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は、加害行為を受けた最終時期である1973(昭和58)年1月上旬又はこれらの精神障害を発症した同年ころを除斥期間の起算点と認めるのが相当とした上で、訴訟を提起した2011(平成23)年には除斥期間が経過しているとして退けた。その一方で、うつ病を発症したことを理由とする損害賠償請求権については、除斥期間が経過していないとして、慰謝料(2000万円)等合計3039万6126円の賠償を認めた。被控訴人は消滅時効援用による損害賠償請求権の消滅を主張したが、時効の起算点は、損害賠償請求が可能な程度に損害及び加害者を知った2011(平成23)年2月ころであり、同年4月の訴訟提起の時点で消滅時効は完成していない。さらに、同年3月、被控訴人は加害行為の一部を認め、500万円を支払う申し出をしており、債務の承認をしていることからしても、消滅時効を援用することは許されない(最高裁昭和41年4月20日大法廷判決民集20巻4号702頁)。
[ひとこと]
一審はPTSDと離人症性障害を発症した損害とうつ病を発症した損害とを分けず、PTSDと離人症性障害を発症した時期を除斥期間(民法724条後段)の起算点と判断して請求を棄却したが、控訴審はうつ病を発症したことによる損害を分け、この損害の起算点をうつ病の発症時期として、被害者を救済した。

2013.4.26
民法733条1項(再婚禁止期間) についての国の立法不作為は国家賠償法1条1項の適用上、違法であるとしてなされた損害賠償請求につき、立法不作為の違法性が否定された例
[広島高裁岡山支部2013(平25)年4月26日判決 LLI/DB(L06820266)]
[事実の概要]
2012.10.18(岡山地判)に同じ。
[判決の概要]
本件において、控訴人は、民法733条1項の規定が本件区別を生じさせていることが憲法14条1項及び24条2項に違反し、本件立法不作為は、国民に憲法上保障されている婚姻をする権利を違法に侵害するものであることが明白な場合に当たると主張する。しかしながら、合理的な理由に基づいて各人の法的取扱いに区別を設けることは憲法14条1項及び24条2項に違反するものではないと解されるところ、民法733条1項の規定の趣旨は、父性の推定の重複を回避し、父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解され(最高裁平成7年判決参照)、その立法目的には合理性があると認められる上、上記立法目的を達成するために再婚禁止期間を具体的にどの程度の期間とするかは、上記立法目的と女性の再婚の自由との調整を図りつつ、内外における社会的環境の変化等をも踏まえて立法府において議論して決定されるべき問題であり、これを6か月とした民法733条1項の規定が直ちに合理的関連性を欠いた過剰な制約であるということもできない。してみれば、本件区別を解消しなかったという本件立法不作為が、国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合に当たるとはいえず、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものではない。

2012.11.26
預金口座に関し銀行に対してなされた弁護士法23条の2に基づく弁護士会照会について、照会に係る事件を弁護士に依頼した者が、銀行に対して提起した照会に対する報告義務の確認請求が、認容された例
[東京地裁2012(平成24)年11月26日判決 金融法務事情1964号108頁]
[事実の概要]
原告は、A(個人)及びB社に対して、執行力ある債務名義を有していた。そこで、預金債権差押えの執行をしたが、預金残高がなく成功しなかった。銀行預金を差押えるには、支店を特定することが必要とされるので(最判平成23.9.20民集65-6-2710)、差押えを実効的にするには、預金口座のある支店と預金残高を知ることが必要である。このため、原告は代理人弁護士を通じ、弁護士法23条の2に基づき、「被告銀行にはA名義の口座があるか」「口座がある場合、その支店および口座番号、口座種類、各口座ごとの預金残高」につき、銀行に対して照会して報告を求めた。しかし、銀行は「預金者の同意が確認できませんので回答いたしかねます」などの理由で回答をしなかった。このため、原告は、銀行を被告として、報告義務の確認と、報告しなかったことを不法行為とする損害賠償請求の訴えを提起した。
[判決の概要]
「弁護士会照会制度の司法制度における重要な役割に照らし、更には、決済機能を独占する銀行の公共的責務に鑑みれば、金融機関が守秘義務を負っているということだけで、顧客等の同意がない限り報告を拒む正当な理由があるということは相当でない。弁護士会照会制度ないし司法制度の究極の目的である国民の実効的な権利救済のために照会事項についての報告が不可欠であり、他方で報告をすることにより照会を受けた公務所又は公私の団体に重大な不利益を生じない場合には、金融機関が守秘義務を負う事項であっても、当該照会事項について報告義務を負うと解しなければ、弁護士会照会制度を設けた法律の趣旨が没却されることになる。・・・銀行として一般的には守秘義務があるとしても、本件の場合においては、第1に、債務名義の債務者であるB社とA及びB社が無限責任組合員である投資事業有限責任事業組合に関しては、その預金状況は、預金者の同意の有無にかかわらず、その債権者である原告との関係において保護されるべき営業秘密(顧客や関係者に対する守秘義務に基づく秘密)とはいえないことが明らかであり、預金者の同意が得られないことは、公共的責務を有する銀行である被告があえて報告しない正当な理由とはいえない。第2に、B社ないしB社が無限責任組合員である投資事業有限責任事業組合から第三者への送金状況についても、原告のB社に対する執行力ある債務名義に基づく強制執行が功を奏しない状況の下においては、このような第三者への送金に関する銀行の営業秘密を保護すべき利益は、原告のB社に対する権利実現を図る利益を上回らないことが明らかであり、被告が預金者の同意を得られず、また送金を受けた第三者の同意を得る立場にないとしても、決済機能を独占する銀行の公共的責務からすれば、それが報告しない正当な理由になるものとはいえない。」
「被告は、本件各照会の照会事項につき、公法上の義務として東京弁護士会に対し、照会事項の報告義務を負っている。そして、被告がこの義務に反して報告しないことの直接の結果として、原告はB社及びAに対する強制執行による権利の実現が妨げられている。したがって、原告は、被告が公法上の義務を履行しないことによって債務名義による債務者に対する権利の実現が妨げられているのであるから、被告による権利実現の妨害を排除して権利救済を受けるため、被告に対し、照会事項につき東京弁護士会に対する報告義務が存することの確認を求めることができると解するのが相当である。
本件各照会に対する報告がないため原告が強制執行のために必要な情報を得ることができないことは、国民の権利救済の観点から見過ごすことができない原告に対する重大な権利侵害につながるものであると評価することができ、照会事項の報告を受けることは、原告の実効的な権利救済の実現のために不可欠であり、照会を受けた者が報告をしないことに正当な理由がなく、弁護士会に対する報告義務を負うと解される場合においては、照会を受けた者が照会事項について報告しないときは、弁護士会に照会を申し出た弁護士に対して当該照会事項に係る法律事務の委任をしていた当事者は、弁護士会照会制度によって保護されるべき権利の救済を求めるため、公法上の法律関係に関する確認の訴え(合生事件訴訟法4条)として、照会を受けた者を被告として、弁護士会に対する報告義務の確認を求めることができると解される。」と判断した。不法行為に基づく損害賠償請求については、「そのような違法性を認識することができなかった被告の判断につき、故意又は過失があるとまではいえない」として認容しなかった。
[ひとこと]
弁護士会照会に対する報告義務の確認請求を認容した初めての裁判例であり、かつ、照会をした弁護士会や弁護士ではなく、弁護士に照会を依頼した当事者が確認請求の原告適格を有すると判断したのも初めてである。権利救済の実効性を高めるには意義が高い。

2012.10.18
民法733条1項(再婚禁止期間)のために婚姻が遅れたことによる精神的損害を被ったとして,国の立法不作為が国賠法1条1項の違法の評価を受けるとして損害賠償請求がなされたが斥けられた事例
[岡山地裁2012(平24)年10月18日判決 判時2181号124頁]
[事実の概要]
原告は,離婚し再婚したが,再婚の夫との結婚は,民法733条1項の再婚禁止期間の規定のために遅れた。そこで,原告は,婚姻が遅れたことにより精神的損害を被ったとして,国会議員が,憲法14条1項,24条2項に違反する民法733条1項につき,嫡出推定の重複を回避するのに最低限必要な100日に再婚禁止期間を短縮する等の改正をしなかったという立法不作為が,国賠法1条1項の違法の評価を受けるとして,165万円及び遅延損害金の支払いを求めた。
[判決の概要]
国会議員の立法不作為が国賠法1条1項の適用上違法となるのは,最高裁判例に従って,立法不作為が「国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所用の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合など」例外的な場合に限定した。
民法733条1項の規定の趣旨が「父性の推定の重複を回避することのみならず父子関係の紛争を未然に防ぐことにもあることからすると,その立法目的から再婚禁止期間を嫡出推定の重複を回避するのに最低限必要な100日とすべきことが一義的に明らかであるとも言い難い」とし,違憲審査基準についても「様々な考え方があり得ることも踏まえると」,「同項の規定が本件区別を生じさせていることが憲法14条1項及び24条2項に違反するものではないと解する余地も十分にあるというべきである。」このことは,「我が国の内外における社会的環境の変化等を考慮しても,直ちに異なるところはない。」
そして,本件立法不作為は,「国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合などに当たるということはできないから,本件立法不作為は,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けるものではないというべきである。」として,原告の請求を棄却した。
[ひとこと]
民法733条を合憲とした最判1995(平成7)年12月5日の事案は地裁段階から議論を呼び,違憲説も有力になった。そして,少なくとも100日を超える部分は婚姻を制限する合理性がないとの見解は通説ともなり,1996(平成8)年の法務省の民法改正案(再婚禁止期間を100日に圧縮)につながった。しかし,本判決は最判の判断から基本的には変化していない。ただし「憲法14条1項及び24条2項に違反するものではないと解する余地も十分にあるというべきである。」との理由中の記述は,違憲説の方が理由が十分であるかのようにもみえ,確信的合憲の見解ではないようにもみえる。

2012.7.18
強姦事件の被害者の意向に反して被告人の両親に原告宅を訪問して示談の申し入れ等をすることを助言した弁護人等に対する慰謝料請求を認めたが、人格権に基づく面会強要等の差止請求までは認めなかった事例
[名古屋高等裁判所金沢支部2012(平成24)年7月18日判決 LLI/DB(L06720356)]
[事実の概要]
弁護士である一審被告Bは,強姦事件につき,一審被告Aの私選弁護人となった(当初の国選弁護人であった甲弁護士は解任された)。被害者である一審原告は,担当検察官を通じて,甲弁護士に対し,示談の話をするつもりはない等を伝えていた。Bは,甲弁護士から,事件の引き継ぎを受ける際に,甲から担当検察官に送った原告に対する書面(そのうちのひとつは,A及びその関係者には一審原告の住所を絶対に知られないように配慮するなどという内容のもの)等を受領した。
一審原告は, 強姦事件についてAに、さらに、示談に関わる言動につき、B〜Dに対し損害賠償を請求するとともに、人格権に基づき、一審原告に対する電話、面会の要求又は書面の送付の禁止を求めた。
一審判決(富山地判2011年12月14日LLI/DB(L06650785))は、Aに対する不法行為に基づく損害金550万円(慰謝料500万円,弁護士費用相当の損害50万円)の請求を全額認容し、Bについて,金33万円の損害賠償を認めたが(慰謝料30万円,弁護士費用相当の損害額3万円)、C、Dに対する損害賠償請求は斥けた。双方が控訴。
[判決の概要]
一般論として、「刑事弁護を依頼された弁護士が、被告人にとって良い情状を得るため、被害者との間の示談の成立を目指すことを禁止する理由はない」ことを踏まえた上で、しかしながら、犯罪被害者が「加害者側と接触することに強い恐怖心を感じたり、強い不快感を感じることは十分理解できるところ」とし、このような被害者の感情に対する配慮は必要であるとした。
Bは、検察官や前任の国選弁護人から一審原告の住所秘匿意思を聴かされていなかった等と主張したが、判決は、Bが国選弁護人から引き継いだ資料の記載等から引き継いだ点で、一審原告が住所を秘匿したいという意思を持ち、示談に応じるつもりもないことを知っていたと認めた。そして、一審原告の意向を知りながら、その住所を調査し、2010年6月、書面で謝罪とともに示談の要求を行い、同日調停を申し立てたことについては、弁護人が示談を目指すことは許されることであることなど踏まえて、やや強引ではあるとしながらも、違法性はないとした。
しかし、同年7月には刑事記録の開示を受け、「一審原告の住所秘匿意思、厳罰を求める被害感情、示談拒否意思」を確認したにもかかわらず、示談と調停事件への出頭を求める旨の通知を複数回送付し、調停委員から一審原告が期日に出頭するつもりがないことを聞いた後も,調停が終了したことのほか、裁判所が一審原告とBとの間で示談交渉を行っていくべきだという見解であること,一審原告と話し合いをしたいのでBの事務所を訪問してほしいこと,Bと話し合うことを希望しない場合にはBが議員や会社経営者等を人選し第三者に仲裁役を依頼することもできる等の内容の書面を送り、C、Dに一審原告の自宅住所を教え、一審原告の了解もないのに、その自宅に訪問させ、さらに一審原告の夫の勤務先を調査した上、勤務先気付で夫に対し直接会いたいので一審原告に内密で連絡してほしい、一審原告は検察官を頼りきっており,検察官もこれを裁判のため都合よく利用しているといった内容の書面を送付した等の行為については、一審原告がAの犯罪によりひどい精神的苦痛を受けていることを認識をしながら、「執拗に、かつ、裁判所の威を利用したり、検察官をことさらに悪くいうなどして、示談を強要したものということができるのみならず、C、Dに一審原告の住所を教示して、その了解もなしに自宅を訪問させ、示談との関係では法的な利害関係を有しない夫の勤務先を調査し、夫の勤務先に夫宛の書面を送付して、示談を拒否している一審原告の態度に関する働きかけをなどをしたものであり、かかるBの示談要求行為は社会的相当性を欠き、違法」であるとして、不法行為が成立するとし、一審と同じく、金33万円の損害賠償を認めた(慰謝料30万円,弁護士費用相当の損害額3万円)。
被告C、Dが,被告Bの助言を受けて原告宅を訪問し,原告に対して謝罪するとともに示談の申し入れをしたことについては,「その際の言動が穏当であったか否かを問わず、それ自体が社会的に見て著しく相当性を欠くものであることは、犯罪被害者である一審原告の心の平穏を害したものとして、不法行為を構成するというべきである」、弁護人である被告Bの助言を受けたものであるとしても、その行為が「社会的にみて著しく相当性を欠くものであることは」、被害者の立場に立って考えれば常識的なことであるとして、故意過失は否定されないとし、慰謝料10万円、弁護士費用相当損害額1万円の賠償責任を認めた。
A、C、Dに対する接触禁止等を求める人格権に基づく差止請求は退けた。
[ひとこと]
刑事弁護人が情状事実となる示談を目指す活動であっても、被害者が加害者側との接触や示談を明瞭に拒絶している場合に社会通念上許される程度を超えて執拗に示談を持ちかけるなどした場合、不法行為となるものとした判断。
弁護人の助言を受けた被告人の父母の行為について、一審は違法性を認めなかったが、控訴審は、不法行為が成立するとした。

2012.5.16
婚約の成立は認めなかったものの、中絶について損害賠償義務を認めた事例
[東京地裁2012(平24)年5月16日判決 LEX/DB25494068]
[事実の概要]
原告(1986年生の女性)は、被告(1969年生の男性)に対し、中絶をせざるを得ない状況に追い込まれたこと、一方的に婚約を破棄されたこと、婚約以降被告の要望により就業の機会を失ったことなどと主張して、不法行為に基づき慰謝料500万円、休業損害、弁護士費用の合計599万48円と遅延損害金を求めた。
[判決の概要]
@中絶について
 原被告の性交は合意の上避妊なしに行われたこと、被告が一方的に中絶を迫ったとはいえないこと等から、原告の主張は認められないとしつつ、原告の主張には、原告が被告から中絶に伴う不利益を軽減、解消するための行為の提供を受ける法的利益ないし等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有していたところ、被告はそのような行為をしなかったとして損害賠償を求める主張を含むと解されるとして、その点については、原被告が共同して行う性行為の結果、「妊娠に至り、かつ、中絶を選択した場合に、直接的な身体的・精神的苦痛を受け、かつ、経済的負担を被らざるを得ないのは女性たる原告である。」上記苦痛ないし負担は、原被告は等しく分担すべきであって、「不利益を直接受ける原告は、被告から不利益を軽減ないし解消するための行為の提供を受け、あるいは、原告と等しく不利益を分担すべき行為の提供を受ける法的利益を有し」、被告は、上記行為を行う義務を有する。そのような行為を行わない、あるいは、原告と等しく不利益を分担することをしない行為は、保護される利益を違法に害するものであり、損害賠償責任を免れない。
 被告は中絶手術費用を支出する等したが、具体的な話し合いをすることもなく、原告一人に出産か中絶かの選択を委ねたもので、義務を履行しなかったものとして、損害賠償義務を負う。損害賠償義務の範囲は、生じた損害の2分の1とすべきである。
A婚約の破棄について
 そもそも、原告と被告との間に、将来夫婦になろうという男女間の真摯な合意の存在は認められないとして退けた。
B損害について
 妊娠・中絶手術による慰謝料を100万円とした上で被告が賠償すべき金額はその2分の1とし、弁護士費用は5万円に限って認めた。休業損害については、収入が亡くなったことが妊娠及び中絶の結果であるとは認められないとして退けた。
以上より、金55万円に限って賠償責任を認めた。

2010.11.5
日本放送協会が受信者の妻と夫名義の放送受信契約を締結した場合における民法761条の適用の可否についての事例
[裁判所]札幌高裁
[年月日]2010(平成22)年11月5日判決
[出典]判例時報2101号61頁
[事実の概要]
Yの妻は、Y名義で放送受信契約書に署名押印して、X(日本放送協会)に交付した。XがYに対し、未払受信料の支払いを請求したところ、Yは、放送受信契約は民法761条の日常家事行為に含まれないとして、これを争った。
第1審(札幌地判平22・3・19)は、民法761条は契約当事者間に対価関係のない片務契約である放送受信契約には適用されない等として、Xの請求を棄却した。
[判決の概要]
民法761条にいう日常の家事に関する法律行為とは、個々の夫婦がそれぞれ共同の生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為を指すものであるから、その具体的範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によって異なり、また、その夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によっても異なる。しかし、同条が夫婦の一方の取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定でもあることからすれば、上記具体的範囲は、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも十分に考慮して判断すべきである(最高裁判所昭和44年12月18日第一小法廷判決・民集23巻12号2476頁参照)。
(本件契約が締結された)平成15年当時、一般的な家庭において、テレビを家庭内に設置してテレビ番組を視聴することは、日常生活に必要な情報を入手する手段又は相当な範囲内の娯楽であり、また、これに伴って発生する受信料の支払いも、日常家事に通常随伴する支出行為と認識され、その金額も夫婦の一方がその判断で決しても家計を直ちに圧迫するようなものでなかったことが認められる。
以上を前提に、Xの放送を受信可能なテレビを家庭内に設置した者はXと放送受信契約を締結すべき義務を負っていたことからすると、受信料支払義務を伴う放送受信契約をXと締結することは、一般的、客観的に見て、夫婦共同生活を営む上で通常必要な法律行為であったと解するのが相当である。
したがって、Yの妻による本件契約の締結は、民法761条の日常家事行為に含まれる。
[ひとこと]
民法761条の日常の家事に関する法律行為について、取引保護の見地から客観的にその種類、性質等をも考慮して判断すべきであるとして、放送受信契約もこれに含まれると判断したものである。
日常家事債務に関する裁判例は、非常に珍しい。
リーディングケースの最判の基準につき、各夫婦の個別事情を考慮要素に入れることについては、批判もあった。本判例は、最判をベースにしつつ、客観的要素を中心にしており(テレビの視聴料であること、金額が低いこと)、学説の批判にも沿う判断である。

2010.10.25
申立人の外国人配偶者が通称である日本名を永年使用している場合に、その通称氏への氏の変更が許可された事例
[裁判所]福岡高裁
[年月日]2010(平成22)年10月25日決定
[出典]家月63巻8号64頁
[事実の概要]
抗告人は、現在の氏である「A」を、在日韓国人である夫が通称として使用している氏「B」に変更するとの氏の変更許可の申立てをしたところ、原審が却下したので、抗告がなされた。
[判決の概要]
外国人配偶者が通称である日本名を永年にわたって使用し、社会生活において、その通称が定着していると認められているときには、これを実氏名の場合と同様に取り扱い、外国人配偶者の通称に従った氏の変更は、戸籍法107条1項所定の「やむを得ない事由」が具備されているとしてこれを許可すべきものと解するのが相当である。
[ひとこと]
社会生活上の手続や周囲の人間関係などの私的な面での不自由、不便さを考慮したものであり、妥当な判断である。こうした場合に、従前より変更は認められており、却下した原審の方が異例と思われるが、公表例が少ないので紹介した。

2009.12.1
遺産分割等申立事件において,即時抗告の相手方に対して,抗告状の副本の送達又はその写しの送付をせずに原審判を不利益に変更したとしても,抗告審の手続に裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるとはいえないとした事例
[裁判所]最高裁第三小法廷
[年月日]2009(平成21)年12月1日決定
[出典]家月62巻3号47頁
[事実の概要]
遺産分割等についての審判に対して,申立人が即時抗告をした。即時抗告審では,相手方に対して上記抗告状の副本の送達又はその写しの送付がなされないまま,相手方にとって不利益な内容に変更された。
[判決の概要]
相手方において,抗告状が送達されなくても即時抗告があったことを既に知っていたことがうかがわれること,及び抗告状に記載された抗告理由も抽象的なものにとどまり,相手方に攻撃防御の機会を与えることを必要とする事項は記載されていなかったという事情を認定した上で,抗告状の副本の送達又はその写しの送付がなかったことによって相手方が攻撃防御の機会を逸し,その結果として十分な審理が尽くされなかったとまではいえず,抗告審の手続に裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるとはいえない,とした。
[ひとこと]
那須弘平裁判官は,争訟性の強い乙類審判手続については,憲法32条の趣旨に照らし,即時抗告により不利益変更を受ける即時抗告の相手方に対して,反論の機会を与えるために即時抗告の抗告状等の送達ないし送付をする必要がある,とする反対意見を述べている。
別居中の生活費最判2008.5.8参照(同裁判官の同趣旨の反対意見あり)

2009.10.15
合意で性交渉をし、合意で妊娠中絶手術を行った場合において、男性が女性の身体的、精神的苦痛や経済的負担による不利益を軽減し、解消するための行為をしないことは不法行為に該当するとされた事例
[裁判所]東京高裁
[年月日]2009(平成21)年10月15日判決
[出典]判時2108号57頁
[事実の概要]
X(被控訴人)は、結婚相談会社を通じてY(控訴人)と知り合い交際を開始し、合意のうえで性行為をした。その後、XYは交際を終了したが、Xは妊娠に気付き、Yの同意を得て手術により妊娠中絶をした。そこで、XはYに対し、Yは妊娠及び中絶に関してXに生じた費用を負担する条理上の責任を負うなどと主張し、損害賠償を請求した。原判決は、Xの請求を認め、YはXの請求した損害金(治療費68万4604円・慰謝料200万円)の2分の1及び弁護士費用10万円を支払うべきであると判断した。これに対し、Yが控訴した。
[判決の概要]
「胎児が母体外において生命を保持することができない時期に、人工的に胎児等を母体外に排出する道を選択せざるを得ない場合においては、母体は、選択決定をしなければならない事態に立ち至った時点から、直接的に身体的及び精神的苦痛にさらされるとともに、その結果から生ずる経済的負担をせざるを得ないのであるが、それらの苦痛や負担は、YとXが共同で行った性行為に由来するものであって、その行為に源を発しその結果として生ずるものであるから、YとXとが等しくそれらによる不利益を分担すべき筋合いのものである。しかして、直接的に身体的及び精神的苦痛を受け、経済的負担を負うXとしては、性行為という共同行為の結果として、母体外に排出させられる胎児の父となったYから、それらの不利益を軽減し、解消するための行為の提供を受け、あるいは、Xと等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有し、この利益は生殖の場において母性たるXの父性たるYに対して有する法律上保護される利益といって妨げなく、Yは母性に対して上記の行為を行う父性としての義務を負うものというべきであり、それらの不利益を軽減し、解消するための行為をせず、あるいは、Xと等しく不利益を分担することをしないという行為は、上記法律上保護される利益を違法に害するものとして、Xに対する不法行為としての評価を受けるものというべきであり、これによる損害賠償責任を免れないものと解するのが相当である」とし、Yの控訴を棄却した。
[ひとこと]
合意で性行為をし妊娠した場合でも、その後女性が中絶した場合には、男性にも不法行為責任を認めるとする新しい判例である。今後、妊娠・中絶や出産など生殖にかかわる男女間の問題を考えるうえで、参考になる。

2009.1.22
金融機関が預金者に対して預金口座の取引経過を開示する義務があるか、共同相続人の一人が被相続人名義の預金口座の取引経過開示請求権を単独で行使することができるかについて判断した事例
[裁判所]最高裁一小
[年月日]2009(平成21)年1月22日判決
[出典]民集63巻1号228頁、家月61巻5号41頁
[判決の概要]
預金契約は、消費寄託の性質を有するものである。しかし、委任事務ないし準委任事務の性質を有するものも多く含まれている。
委任契約や準委任契約においては、受任者は委任者の求めに応じて委任事務等の処理の状況を報告すべき義務を負うが(民法645条、656条)、これは、委任者にとって、委任事務等の処理状況を正確に把握するとともに、受任者の事務処理の適切さについて判断するためには、受任者から適宜上記報告を受けることが必要不可欠であるためと解される。このことは預金契約において金融機関が処理すべき事務についても同様であり、預金口座の取引経過は、預金契約に基づく金融機関の事務処理を反映したものであるから、預金者にとって、その開示を受けることが、預金の増減とその原因等について正確に把握するとともに、金融機関の事務処理の適切さについて判断するために必要不可欠であるということができる。
したがって、金融機関は、預金契約に基づき、預金者の求めに応じて預金口座の取引経過を開示すべき義務を追うと解するのが相当である。
そして、預金者が死亡した場合、その共同相続人の一人は、預金債権の一部を相続により取得することにとどまるが、これとは別に、共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき、被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる(同法264条、252条但書)というべきである。
[ひとこと]
金融機関は、共同相続人の一人に取引経過を開示することは、預金者のプライバシーを侵害すると主張したが、判決では、開示の相手方が共同相続人にとどまる限りプライバシー侵害の問題は生じないとされている。

2008.4.23
訴訟上の和解が無効であるとしてなされた期日指定の申立に対し、訴訟終了宣言をした事例
[裁判所]東京家庭裁判所
[年月日]2008(平20)年4月23日判決
[出典]家月61巻5号73頁
[事案の概要]
原告と被告とは、平成14年に婚姻届出をしたが、原告は平成19年に離婚を求める本訴を提起し、被告も慰謝料を請求する予備的反訴を提起した。裁判所の口頭弁論調書によれば、第3回口頭弁論期日において、原告、同訴訟代理人、被告及び原告の交際相手であった利害関係人が出頭のうえ、@原告と被告とは和解離婚すること、A原告は被告に対し、和解金120万円を分割して支払うこと、B利害関係人は、被告に対し、原告の上記債務を連帯保証すること等を骨子とする訴訟上の和解が成立したこととなっている。被告は、直ちに離婚するのではなく、和解金全額が支払われた時点で離婚する趣旨であった等と主張して口頭弁論期日指定の申立をした。
[判決の概要]
1 裁判所の口頭弁論調書によれば、上記和解が成立したことによって本
 件裁判は終了しており、本件和解が成立していないとする証拠もない。
2 被告の申立の真意が和解内容を争うことにあるとしても、被告が主張す
 るような条件付きの身分行為を成立させることはあり得ない。
3 また、和解に錯誤があると被告が主張する趣旨であるとしても、利害関
 係人の連帯保証を認めさせた点で判決よりも被告に有利な面があること、
 期日指定申立後に実施された被告本人尋問の結果から、被告は和解金
 の金額自体には不服を持っていないことが明らかであることから、特段の
 錯誤があったとは認められない。
として、本件訴訟(本訴・反訴)は、平成20年訴訟上の和解によって終了したことを宣言した。
[ひとこと]
控訴審も、平成20年10月8日に控訴を棄却した。珍しい事案である。

2008.1.16
実子との面接交渉のため,家庭裁判所における調停申立ての前提として相手方の住所を知ることを目的としてされたその母親(別居中の内縁)に係る児童手当等の受給者情報について,個人情報該当性を理由としてされた非公開決定が適法であるとされた事例
[裁判所]大阪地裁
[年月日]2008(平成20)年1月16日判決
[出典]判タ1271号90頁
[事実の概要]
父は,内縁の妻(母)との間に娘がおり,母は児童手当を受給していたが,母が娘を連れて姿を消したため,父は,母を相手方として,母との内縁関係の円満調整及び娘との面接交渉を定めること等を目的とする調停を申し立てた。ところが,母がその住民票上の住所に居住しておらず,申立書の送達を行うことができなかったため,父は調停申立てをいったん取り下げた上,母の住民票上の住所がある大阪狭山市の市長に対し,同市の情報公開条例に基づき,児童手当等の受給者住居に係る情報の公開請求をした。これに対し,大阪狭山市市長は,これらは個人情報に当たるとして,非公開決定をした。本件は,父が,児童手当等の受給者情報は公領域情報ないし公益的開示情報に当たるとして,非公開決定の取消しと公開を求めた事案である。
[判決の概要]
判決は,本件条例が行政機関情報公開法をモデルとしていることが明らかであるとして,情報公開法の立法経緯,最高裁判決(最三小平15.11.11民集57巻10号1387号,判タ1140号94頁)を参照して,同法は,個人に関わりのある情報であれば原則として非開示情報に該当するとしたものであって,同法が非開示の例外とする公領域情報も,法令又は慣行により何人も知り得る状態に置かれているか,将来の一時期までにそうなることが予定されているため,個別的な利益較量を待つまでもなくその公表による個人の不利益が受忍限度内にとどまることが明らかである情報に限られるが,同じく同法が非開示の例外として定める公益的開示情報については,不開示により保護される利益と開示により保護される利益の双方につき,比較考量することが予定されており,このような判断枠組みは本件条例の解釈においても妥当するとした。その上で,@平成18年改正前の住基法での規定や,本件処分時の運用から,生活の本拠としての住所は,公領域情報には該当しない,A本件受給者住居情報それ自体は独立した一体的な情報とみることができるとしても,本件公文書の存在が明らかとなれば,特定個人が児童手当の受給のための認定請求をした者であること等の情報(児童手当等受給情報)も必然的に公開されることになり,これもまた個人情報に当たるから,実施機関は,本件受給者住居情報が非開示情報に該当するか否かにかかわらず,原則として本件公文書の存否を明らかにしないで本件請求を拒否すべきである,B本件条例の規定ぶりに照らせば,非公開情報該当性は公開請求者が誰であるかに関わりなく,記録された情報の内容,性質自体から判断すべきと解されるところ,生活の本拠としての住所は,人の生命,健康等と比較すれば,プライバシーとしての要保護性は高くはないが,児童手当等受給情報は,個人の身上,所得ないし財産状態等を推測させるものとして要保護性が高く,面接交渉権は,その性格からして一般的にこれらを上回る要保護性があるとまではいえないから,本件受給者住居情報は公益的開示情報にも該当しない,として,本件処分の取消しを求める原告(父)の請求を棄却(公開の義務付けについては却下)した。
[ひとこと]
情報公開請求者である父は,母子が児童手当を受給していることを知っていたが,非公開情報に当たるかどうかは,情報のみから客観的に判断されるべきで,情報公開請求者の主観的事情を考慮すべきでないとされた。

2006.11.15
扶養義務者の扶養能力の有無を判断した事例
[裁判所]新潟家裁
[年月日]2006(平成18)年11月15日審判
[出典]家月59巻9号28頁
[事実の概要]
事件本人(親)が介護付有料老人ホームに入居する際、入居時一時金を事件本人の3人の子ABCのうちAとBが負担した。同ホームを利用するについては、毎月、室料や管理費、食費等の費用が発生するが、事件本人はこの費用を滞納しており、同ホームから事件本人に対し、毎月支払う費用の滞納分について請求がなされ、Aが滞納分の一部を支払った。AはCに対し、同ホームの入居時一時金及び毎月支払う費用等の分担を求め、扶養の申立がなされた。Cは一定金額以上の負担は無理であると主張し、扶養義務者であるCの扶養能力が争われた。
[判決の概要]
相手方(扶養義務者)の収入、家族関係、家計の状況等に基づいて、相手方世帯の家計収支と総務省統計局作成の家計調査年報による家計収支とを比較すると、住宅ローンの返済額及び医療費の支出は多いが、世帯人員及び扶養親族が少なくその消費支出は家計調査年報による消費支出より少なくなるはずであること等から、相手方には、生活扶助義務に基づき、相応の扶養料を負担する扶養能力が存するものと認めるのが相当である。
[ひとこと]
親の介護費用の負担を子がどのように分担するかが争われたケースである。高齢化社会において誰もが直面しうる問題である。扶養能力の有無について、裁判所は扶養義務者の収入、家族関係、家計の状況等と統計資料で推計した家計収支とを比較するなどして、扶養義務者の扶養能力の有無を判断した。同様のケースで参考になるであろう。

2006.8.31
裁判実名報道で、新聞社側が勝訴した事例
[裁判所]東京高裁
[年月日]2006(平成18)年8月31日判決
[出典]法教313号144頁
[事実の概要]
大学教授にセクハラを受けたとする女性の提訴を実名で報じた新聞記事をめぐり、大学教授が不当提訴されたうえ、実名で伝える新聞記事でプライバシーが侵害されたとして、女性と新聞社を相手に損害賠償を求めた訴訟の控訴審。
[判決の概要]
「女性の提訴は不当とはいえず、教授が提訴された事実はプライバシーとして保護されるべき事柄ではない」として、教授側一部勝訴の1審判決を取り消し、請求を棄却した。

2006.3.17 沖縄県金武町入会権事件
米軍用地に接収された本島北部の共有地「杣山」の入会権者でつくる「金武部落民会」の会則で、慣習を理由に原則として正会員資格を男子孫に限定している条項について、憲法の理念に照らし公序良俗に反し無効とした事例
[裁判所]最高裁二小
[年月日]2006(平17)年3月17日判決
[出典]民集60巻3号773頁、判例時報1931号29頁
[事実の概要]後記の2004.9.7を参照
[判決の要旨]
「本件慣習のうち、男子孫要件は、専ら女子であることのみを理由として女子を男子と差別したものというべきであり、遅くとも本件で補償金の請求がされている平成4年以降においては、性別のみによる不合理な差別として民法90条の規定により無効であると解するのが相当である。・・・男女の平等を定める日本国憲法の基本的理念に照らし、入会権を別異に取り扱うべき合理的理由を見出すことはできない」と判断し、全員の主張を退けた二審判決につき、原告2人について破棄し、審理を福岡高裁に差し戻した。
[ひとこと]高裁判決をくつがえし、男性に資格を限定したのは控除良俗違反で無効とした点は評価できる。しかし、世帯主条項を不合理ではないとした点は問題。世帯主はほとんど男性がなるという慣習下、世帯主条項は、実質、男女差別を生み出しており、間接差別の典型例である。入会権独特の問題として射程距離が狭いことを期待したい。日本に間接差別の禁止条項をと勧告する国連のレベルと、これを不合理でないと断じてしまった最高裁の人権のレベルの乖離は著しい。

2005.10.18 損害賠償等請求事件(京都)
女性弁護士が、新弁護士会館に飾られる裸婦画をめぐる週刊誌の記事により名誉を毀損されたとして、出版元に対する損害賠償請求が認容された例
[裁判所]京都地裁
[年月日]2005(平成17)年10月18日判決
[出典]判例時報1916号122頁
[事実の概要]
週刊誌に、「『裸婦画はセクハラ』と取り外しを要求した無粋な弁護士」・・などの記載がなされ、当該弁護士が、発行元に対し謝罪広告の掲載及び1100万円の請求を求めた。
[判決の概要]
謝罪広告の掲載請求は棄却したが、330万円の損害賠償請求を認めた。
「原告は、その当時、京都弁護士会に対して、本件裸婦画の新会館への展示について、両性の平等に関する委員会で議論しているところであるため、本件会務懇談会においても問題点の指摘をしてもらいたい旨述べていたにとどまるのであって、それ以上に、原告が本件裸婦画の新会館への展示について個人的な意見を述べていたということはないし、また、上記内容の本件意見書を提出したことをもって、原告自身の意見として本件裸婦画の『取り外しを要求した』ということも困難であり、その他に、上記事実が真実であると認めるに足りる証拠はない。」などとして記事に真実性がなく、被告が真実と信じたことに相当の理由がないとした。
[ひとこと]
原告に89人の代理人弁護士がつき、揶揄的な記事につき名誉毀損で訴えた著名な事件である。

2005.7.5
税理士である妻への報酬を経費と認めない例(妻税理士事件)

[裁判所]最高裁第三小法廷
[年月日]2005(平17)年7月5日判決
[出典]LEX/DB25420213、高裁判決につき判時1891号18頁、地裁判決につき判時1891号44頁
[事実の概要]
弁護士の夫が妻の税理士に税務申告・記帳業務を依頼し、96〜97年に支払った税理士報酬290万円が税務署で経費として認められなかったとして、国と都の課税処分の無効を訴えた。一審の東京地判2003(平15)年7月16日は、「所得税法56条の規定は自営業者が親族に賃金を払って税負担を軽くする行為などを封じるためのもの」とし、本件については、「親族が、独立の事業者として、その事業の一環として納税者たる事業者との取引に基づき役務を提供して対価の支払を受ける場合については、同条の上記要件に該当しないものというべきである」として、経費として認め原告が勝訴した。しかし、控訴審の東京高判2004(平16)年10月15日は、「生計を一にする配偶者に支払った報酬は経費と認めない」と定めた所得税法の規定について、「例外を認めるものではない」として、逆転敗訴判決を下した。これに対し、上告がなされた。
[判決の概要]
「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者とは別に事業を営む場合であっても、そのことを理由に所得税法56条の適用を否定することはできず、同条の要件を満たす限りその適用があるというべきである。」とし、経費性を否定し、上告棄却した。
[ひとこと]
租税回避的行為の防止という立法趣旨が当てはまらない事案にまで、法56条を適用するのは疑問。夫婦の形も多様になっているのに、最高裁はやや夫婦観が古いのでは。民法の厳格な夫婦別産制との矛盾もある。
なお、夫である弁護士から妻である弁護士(事務所は別々)へ毎年支払われた弁護士報酬につき、同じく必要経費算入を否定した判決として、最三小判2004(平16)年11月2日がある(妻弁護士事件)。妻税理士事件の方が、租税回避的な行為でないことが明瞭である。

2005.4.14 ビデオリンク方式合憲事件
性犯罪の被害者などが、法廷外でテレビモニターを通じて証言する「ビデオリンク方式」や、証人と被告の「遮蔽」が、憲法37条や82条に違反しないとされた例
[裁判所]最高裁一小
[年月日]2005(平成17)年4月14日判決 傷害、強姦被告事件
[出典]刑集59巻3号259頁、判時1904号150頁
[判決の内容]
いわゆるビデオリンク方式,遮へい措置を定めた刑訴法157条の3,157条の4は,憲法82条1項,37条1項,2項前段に違反しない。・・・遮へい措置が採られた場合,被告人は,証人の姿を見ることはできないけれども,供述を聞くことはでき,自ら尋問することもでき,さらに,この措置は,弁護人が出頭している場合に限り採ることができるのであって,弁護人による証人の供述態度等の観察は妨げられないのであるから,前記のとおりの制度の趣旨にかんがみ,被告人の証人審問権は侵害されていないというべきである。ビデオリンク方式によることとされた場合には,被告人は,映像と音声の送受信を通じてであれ,証人の姿を見ながら供述を聞き,自ら尋問することができるのであるから,被告人の証人審問権は侵害されていないというべきである。さらには,ビデオリンク方式によった上で被告人から証人の状態を認識できなくする遮へい措置が採られても,映像と音声の送受信を通じてであれ,被告人は,証人の供述を聞くことはでき,自ら尋問することもでき,弁護人による証人の供述態度等の観察は妨げられないのであるから,やはり被告人の証人審問権は侵害されていないというべきことは同様である。したがって,刑訴法157条の3,157条の4は,憲法37条2項前段に違反するものでもない。

2005.2.24 「ババア」都知事発言事件
都知事が雑誌のインタビューで女性に差別的な発言したことで、名誉を傷つけられたとして、首都圏の女性131人が都知事を相手に慰謝料の支払いなどを求めた事件
[裁判所]東京地裁
[年月日]2005(平成17)年2月24日判決
[出典]判タ1186号175頁、法教295巻191頁
[事実の概要]
都知事が「週刊女性」01年11月6日号のインタビューで「これは僕がいってるんじゃなくて松井孝典(東京大学院教授)がいってるんだけど、文明がもたらしたもっともあしき有害なものはババアなんだそうだ。女性が生殖能力を失っても生きているってのは、無駄で罪ですって」などと述べた。
この都知事の発言に対し、女性に差別的な発言をしたことで名誉を傷つけられたとして、首都圏の女性131人が都知事を相手に1440万円の慰謝料と謝罪広告を求めて訴えを提起した。
[判決の概要]
判決は、「松井教授の説には、都知事の説明と異なり、おばあさんに対する否定的な言及はみられない」「(都知事の発言は)教授の話を紹介するような形をとっているが、個人の見解の表明」「女性の存在価値を生殖能力の面のみに着目して評価した」「多くの女性が不愉快になったことは容易に推測される」とした。
慰謝料については、「原告個々人に対する発言ではなく、原告らの社会的評価が低下するわけでもない。金銭をもって償う必要がある精神的苦痛が生じたと認めることはできない」として退けた。


2004.11.18
別居・別会計の男女関係の一方的な解消につき不法行為責任が否定された事例
[裁判所]最1小
[年月日] 2004(平16)年11月18日
[出典]判時1881号83頁、判タ1169号144頁
   法律時報78巻4号117頁星野豊
[事実の概要]子供をもうけたが、別居・別会計で、合鍵を持ち合うこともなく、共有する財産もない男女関係で、男性は別の女性と知り合い、結婚を考えるようになり、当該女性に関係の解消を通告し、女性から男性に対し、慰謝料を請求した。
[判決要旨]
@上告人(男性)と被上告人(女性)との関係は、昭和60年から平成13年に至るまでの約16年間にわたるものであり、両者の間には2人の子供が生まれ、時には、仕事の面で相互に協力したり、一緒に旅行をすることもあったこと、しかしながら、A上記の期間中、両者は、その住居を異にしており、共同生活をしたことは全くなく、それぞれが自己の生計を維持管理しており、共有する財産もなかったこと、B被上告人は上告人との間に2人の子供を出産したが、子供の養育の負担を免れたいとの被上告人の要望に基づく両者の事前の取決め等に従い、被上告人は2人の子供の養育には一切かかわりを持っていないこと、そして、被上告人は、出産の際には、上告人側から出産費用等として相当額の金員をその都度受領していること、C上告人と被上告人は、出産の際に婚姻の届出をし、出産後に協議離婚の届出をすることを繰り返しているが、これは、生まれてくる子供が法律上不利益を受けることがないようにとの配慮等によるものであって、昭和61年3月に両者が婚約を解消して以降、両者の間に民法所定の婚姻をする旨の意思の合致が存したことはなく、かえって、両者は意図的に婚姻を回避していること、D上告人と被上告人との間において、上記の関係に関し、その一方が相手方に無断で相手方以外の者と婚姻をするなどして上記の関係から離脱してはならない旨の関係存続に関する合意がされた形跡はないことが明らかである。以上の諸点に照らすと、上告人と被上告人との間の上記関係については、婚姻及びこれに準ずるものと同様の存続の保障を認める余地がないことはもとより、上記関係の存続に関し、上告人が被上告人に対して何らかの法的な義務を負うものと解することはできず、被上告人が上記関係の存続に関する法的な権利ないし利益を有するものとはいえない。そうすると、上告人が長年続いた被上告人との上記関係を前記のような方法で突然かつ一方的に解消し、他の女性と婚姻するに至ったことについて被上告人が不満を抱くことは理解し得ないではないが、上告人の上記行為をもって、慰謝料請求権の発生を肯定し得る不法行為と評価することはできないものというべきである。
[ひとこと]
高裁判決は、「女性は関係継続の期待を裏切られた」として100万の慰謝料を認めたが、最高裁は否定した。新たな関係のあり方として注目されていた。婚姻届を出さないが、破綻時の責任を追求することを予定するなら、あらかじめ当事者間でその旨の契約をしておけばよいのではと思われる。

2004.11.2
弁護士である妻への報酬を経費と認めない例(妻弁護士事件)
[裁判所]最高裁第三小法廷
[年月日]2004(平16)年11月2日判決
[出典] 判例時報1883号43頁、判例評論561号26頁
[事実の概要]
夫Xと妻Aはいずれも弁護士で、それぞれ独立した事務所で業務を営んでいるが、生計を一にしている。XからAに対し、労務の対価として、平成9年から平成11年にかけ、毎年595万円ずつの弁護士報酬の支払いした。Aはそれを収入として申告している。この報酬額は、Aの総収入の約25%である。中野税務署は、Xの平成9年ないし11年の所得税について、更正処分ないし過少申告加算税賦課決定処分を行い、Xはこれを争った。
[判決の概要]
 所得税法56条は、事業を営む居住者(納税者)と密接な関係のある者がその事業に関して居住者から対価の支払を受ける場合に、この対価を居住者の事業所得等の金額の計算上必要経費にそのまま算入することを認めると、納税者間における税負担の不均衡をもたらすおそれがある。そのため、居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む事業所得等を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上、必要経費に算入しない・・などとの措置を定めている。
 同法56条の上記の趣旨及びその文言に照らせば、居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合であっても、そのことを理由に同条の適用を否定することはできず、同条の要件を満たす限りその適用があるというべきである。・・・
 他方、同法57条1項は、青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者と生計を一にする配偶者その他の親族で専らその居住者の営む前記事業に従事するものが当該事業から給与の支払を受けた場合には、所定の要件を満たすときに限り、政令の定める状況に照らしその労務の対価として相当であると認められるものの限度で、その居住者のその給与の支給に係る年分の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上、必要経費に算入するなどの措置を規定している。・・
 同法57条の上記の趣旨及び内容に照らせば、同法が57条の定める場合に限って56条の例外を認めていることについては、それが著しく不合理であることが明らかであるとはいえない。・・本件各処分は、同法56条の適用を誤ったものではなく、憲法14条1項に違反するものではない。
[ひとこと]
「所得税法56条のように家族労働の成果について制度上の差別を設けることに合理性はない。このような差別は不合理な差別であり憲法14条がいう法の下の平等違反といえよう。それにとどまらず、憲法13条(個人の尊重)、24条(家庭生活における個人の尊厳と両性の平等)、25条(生存権)、27条(労働の権利)、29条(財産権)、などに違反している。」
「所得税法56条の不合理は一日も早く是正されるべきである。本件のように無償労働構造の廃棄を現実の課題として提起しうる条件を多くの個人事業者が多かれ少なかれ持つに至っているときに、これを抑圧することは、個人事業者の継続発展のためにも、家族関係の民主化のためにも好ましくない。安易に無償労働構造によりかかり、それを利用して、個人事業者に対する不当な収奪を強行するような租税制度は改革しなければならない」との批判(立正大学教授 浦野広明、前記判例評論561号26頁)がある。

2004.10.15
妻への税理士報酬を経費と認めない例
[裁判所]東京高裁
[年月日]2004(平成16)年10月15日判決
[出典]ジュリスト1277号146頁、
   法学教室287号123頁04年8月号(一審につき)
[事実の概要]
弁護士の夫が妻の税理士に税務申告を依頼し、96〜97年に支払った290万円が税務署で経費として認められなかったとして、国と都の課税処分の無効を訴えた。一審は、「規定は自営業者が親族に賃金を払って税負担を軽くする行為などを封じるためのもの」とし、弁護士のケースはこれにあたらないとして、経費として認め原告が勝訴した。
[判決の概要]
「生計を一にする配偶者に支払った報酬は経費と認めない」と定めた所得税法の規定について、「例外を認めるものではない」として、一審判決を覆し、課税処分を有効とした。
[ひとこと]
最三小判2005.7.5は上告棄却(出典2005.7.5日経新聞)。
違法な脱税を防ぐ趣旨はわからなくはないが、夫婦といえどもそれぞれがプロとして生きて仕事をしているのに、その独立した人格を否定するかのような規定の古さを感じる。
民法の厳格な夫婦別産制の構造との矛盾もあるのでは。

2004.9.7
米軍用地に接収された本島北部の共有地「杣山」の入会権者でつくる「金武部落民会」の会則で、慣習を理由に原則として正会員資格をを男子子孫に限定している条項について、公序良俗に反するとまでいえないとした事例
[裁判所]福岡高裁那覇支部
[年月日]2004(平16)年9月7日判決
[出典]民集60巻3号842頁、判時1870号39頁
[事実の概要]同地域に住む女性子孫で作る「人権を考えるウナイの会」の原告26人が、原則として会員を男子子孫に限定している条項について、合理的な理由のない性差別として提訴し、2004年11月、那覇地裁は、原告らの請求を全面的に認め、「旧慣に従って定められたとしても、男子孫に限定する合理的な理由はない。憲法14条の法の下の平等に反する」との判決を出していたが、控訴審判決はこれを覆し、女性らの請求を棄却した。
[判決の要旨]
入会権は、過去の長年月にわたって形成された各地方の慣習に根ざした権利であるから、そのような慣習がその内容を徐々に変化させつつもなお現時点で存続していると認められる以上は、その慣習を最大限に尊重すべきであって、上記のような慣習に必要性ないし合理性がないということのみから直ちに当該慣習が公序良俗に違反して無効であるということはできない。入会権が家の代表ないし世帯主としての部落民に帰属する権利であって、当該入会権者からその後継者に承継されてきたという歴史的沿革を有すること、歴史的社会的にみて、家の代表ないし跡取りと目されてきたのは多くの場合男子(特に長男)であって、現代においても、長男が生存している場合に次男以下又は女子が後継者となったり、婚姻等により独立の世帯を構えた場合に女子が家の代表ないし世帯主となるのは比較的稀な事態であることは公知の事実といえること、控訴人以外の入会団体の中にも会員資格(入会権者たる資格)を原則として男子孫に限定する取扱いをしているところが少なからず存在することなどに照らせば、家の代表ないし世帯主として入会権者たる資格要件を定めるに際し男子と女子とで同一の取扱いをすべきことが現代社会における公序を形成しているとまでは認められないし、このことに加えて、男子と女子とで入会権者たる資格が認められる要件に差異があることにより一世帯の内部において男子と女子の間で生じうる不平等については、相続の際の遺産分割協議その他の場面で財産的調整を図ることも可能であることをも併せ考慮すれば、入会権者たる資格について男子孫と女子孫とで取扱いを異にする上記のような金武部落の慣習が公序良俗に違反するとまで認めることはできない。
[ひとこと]高裁判決は、法の下の平等にもふれなかった。女性差別撤廃条約違反にも該当する可能性がある。原告らは上告した。最高裁の判断が注目される。

2003.7.10
新潟女性監禁事件
[裁判所]最高裁
[年月日]2003(平成15)年7月10日判決
[出典]法学教室03年9月276号
[事案の概要]
12−2002.12.10の事件の最高裁判決。最高裁は、「各罪について個別的な量刑判断をした上、合算することは、法律上、予定されていない」とする初判断を示し、二審を破棄し一審(懲役14年)を支持した。

2003.3.6
[裁判所]東京高裁
[年月日]2003(平成15)年3月6日判決
[出典]法学教室276号111頁 03年09月
[事実の概要]
第2次大戦中、旧日本軍に慰安婦などとして強制連行された韓国人とその遺族35人が、国に1人2000万円の賠償をもとめた控訴審。
[判決の概要]
請求を退けた1審を支持。控訴棄却。その判決理由中で従軍慰安婦について、 国は「危険から保護すべき安全配慮義務を負う場合もあり得た」としたが、損害賠償請求権の消滅を理由に請求を認めなかった。

2003.3.6
電車内での暴行によるPTSDで約1990万円の賠償を命じた例
[裁判所]東京高裁
[年月日]2003(平成15)年3月6日判決
[出典]判時1830号42頁
[事実の概要]
JR山手線内での暴行事件により、心的外傷後ストレス障害(PTSD)になったとして、約5900万円の損害賠償を請求。
[判決の概要]
一審判決は440万円を認めたが、控訴審ではこれを変更し約1990万円の支払を命じた。判決は、スーツ姿の男性に恐怖を感じほとんど外出できない状態が続いている、としてPTSDを認めた。
[ひとこと]
PTSDの認定によって、高額の賠償が認められる例が続いている。

2002.12.10
新潟女性監禁事件
[裁判所]東京高裁
[年月日]2002(平成14)年12月10日判決
[出典]判時1812号152頁
[事案の概要]
新潟で女性を9年2ヶ月にわたり監禁した事件。未成年者略取、逮捕監禁傷害、窃盗の罪に問われ、1審で懲役14年の実刑判決。東京高裁は「逮捕監禁傷害罪を法定刑上限より重く評価した1審判決は、併合罪の解釈に誤りがあり違法」として、1審判決を破棄し、懲役11年の実刑判決を言い渡した。

2002.10.15
1従軍慰安婦とされ組織的かつ継続的に性行為を強要されたとする台湾在住の原告らの日本国に対する損害賠償請求が認められなかった事例
2公式謝罪請求が請求の趣旨の特定を欠くものとして却下された事例
[裁判所]東京地裁
[年月日]2002(平成14)年10月15日判決
[出典]判タ1162号154頁
[事実の概要]
本件は,台湾に在住する原告らが,第二次世界大戦中に日本軍によって従軍慰安婦として連行され,監禁された状況で組織的かつ継続的に性行為を強要されたことなどにより,多大な精神的損害等を受けたとして,日本国に対し,国際法,民法,及び国家賠償法に基づき,損害賠償及び公式の謝罪を求めた事案である。
[判決の概要]
本判決は,原告らの国際法に基づく請求については,国際法は国家と国家の間の権利義務を規律する法であって,個人が国際法に基づき加害国に対して被害回復のための措置を求めることができるためは,その旨の特別の国際法規範が存在することが必要であるとした。その上で,原告らの主張する各条約(奴隷禁止条約,強制労働条約,婦女売買禁止条約等)を検討し,これらにはいずれも被害者個人が加害国に直接損害賠償請求等を求める権利を付与した規定等が存在しない等を理由に原告らの請求権を否定した。
民法上の不法行為に基づく請求については,国家賠償法が施行される1947(昭和22)年以前は,国家無答責の法理により国の民法上の不法行為責任は否定されているとした上で,仮に,本件行為について民法上の不法行為責任が国に生じたとしても,訴訟提起までに既に20年以上経過していることから,除斥期間の経過により原告らの請求権は消滅したと解されるとした。
重大な人権侵害であり救済の高度の必要性が認められる場合であるにもかかわらず,国会が合理的期間を経過してもなお救済措置立法を怠り放置していたという立法不作為があったとして国家賠償法に基づき請求した点については,立法行為は,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法行為を行うというような例外的な場合でない限り,国家賠償法上違法の評価を受けることはなく,本件はこれに当たらないとして,退けた。
さらに,原告らの公式謝罪請求については,請求の趣旨における被告の作為義務の内容が具体的に明らかでないから,給付訴訟における請求の趣旨の特定を欠くものので,不適法であるとして,却下した。
[ひとこと]
「従軍慰安婦」問題に関する裁判例の一つであり,一連の消極事例と同様,被害者への視点が欠けた結論に至っている。

2000.11.30
男女3人による同棲生活のための生活費分担の合意が善良な風俗に反し無効とされた例
[裁判所]東京高裁
[年月日]2000(平成12)年11月30日判決
[出典]判タ1107号232頁
[事実の概要]
女性2人(X1、Y)、男性1人(X2)の3人で性交渉を前提とした共同生活を営み、その生活費の負担について取り決めていた。X1はYに対し、生活費立替分、Y1が原因で解雇されたことによる損害賠償請求、嫌がらせや名誉毀損による損害賠償を請求し、X2はYに対し、生活費の支払いとYの暴行により傷害を負ったことによる損害賠償請求をした。
[判決の概要]
判決は、このうち生活費の合意について、次のように述べて、生活費負担の合意は善良な風俗に反するものとして無効として訴えを棄却した。「婚姻や内縁といった男女間の共同生活は、本来、相互の愛情と信頼に基づき、相手の人格を尊重することにより形成されるべきものであり、それ故にこそ、その共同生活が人間社会を形づくる基礎的単位として尊重されるのである。法は、このような社会的評価に基づいて、この男女間の共同生活を尊重し擁護している。そして、このような人間相互の愛情と信頼及び人格の尊重は、その本質からして、複数の異性との間に同時に成立しうることはありえないものである。本件における控訴人らと被控訴人の三者による同棲生活は、仮に各人が同意していたとしても、それは単に好奇心と性愛の赴くままに任せた場当たり的で、刹那的、享楽的な生活であり、現に三人の共同生活では、相互の人間的葛藤から激しい対立関係が生じ、お互いに傷つけ合うに至っている。そして、このような共同生活によって、親族その他の第三者にも相当の被害を生じている。このように、控訴人らと被控訴人の三名の男女による共同生活は、健全な性道徳に悖り、善良の風俗に反する反社会的な行為といわざるを得ず、社会的にも法的にも到底容認されるものではない。」
[ひとこと]
確かに3人みつどもえで、請求内容からすると、泥沼のような関係だったことが推測され、裁判官も嫌気がさしただろうことは理解できる。ただし、判決は、「このような人間相互の愛情と信頼及び人格の尊重は、その本質からして、複数の異性との間に同時に成立しうることはありえないものである。・・・それは単に好奇心と性愛の赴くままに任せた場当たり的で、刹那的、享楽的な生活であり、現に三人の共同生活では、相互の人間的葛藤から激しい対立関係が生じ、お互いに傷つけ合うに至っている。」とまで言うのだが、人間的葛藤・激しい対立関係は、普通の婚姻でも当たり前のようにおきているのであり、人間洞察としては平面的すぎないか。作家の岡本かのこは夫と愛人と3人で暮らしたが、必ずしもここに言うようなただ傷つけあう関係ではなかったようである。それを擁護するわけでもなんでもないが。なお、性生活を前提としない単なる共同生活であれば、合意は有効で、不払いの分担金は請求できる。

1995.12.5
民法733条(再婚禁止期間)を改廃しない国会ないし国会議員の行為は国家賠償法1条1項の違法の評価を受けるものではないとした事例
[最高裁第三小法廷1995(平成7)年12月5日判決 民集177号243頁、判タ906号180頁]
[事実の概要]
X1とX2は、1989年3月に婚姻の届出をしたが、X1と前夫との離婚から6か月が経過していないことを理由に、受理されなかった。
そこで、同月、Xらは、民法733条(再婚禁止期間)のために婚姻の届出が受理されるのが遅れ、これによって精神的苦痛を被ったとして、国に対し憲法14条1項及び憲法24条に違反する民法733条の削除又は廃止の立法をしない国会の行為及び民法733条の削除又は廃止を求める法律案を提出しない内閣の行為が違法な公権力の行使に当たるとして国家賠償を請求するとともに、予備的に憲法29条3項の類推適用を根拠に国家賠償を請求した。
原原審(広島地裁1991(平成3)年1月28日判決判タ752号89頁)は原告Xらの請求を棄却し、原審(広島高裁1991(平成3)年11月28日判決判タ774号123頁)はXらの控訴を棄却した。
なお、1989年6月、Xらの婚姻届は受理された。
[判決の概要]
最一小判昭和60年11月21日(民集39巻7号1512頁)の判示を踏まえ、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらずあえて当該立法を行うというような例外的な場合でない限り、国会ないし国会議員の立法行為(立法不作為を含む。)は、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないとして上で、民法733条につき、「合理的な根拠に基づいて各人の法的取扱いに区別を設けることは、憲法14条1項に違反するものではなく、民法733条の元来の立法趣旨が、父性の推定の重複を回避し、父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことに解される以上、国会が民法733条を改廃しないことが直ちに前示の例外的な場合に当たると解する余地はないことが明らかである。したがって、同条についての国会議員の立法行為は、国家賠償法1条1項の適用上、違法の評価を受けるものではないというべきである。
国家補償の請求についても、「上告人らの被った不利益が特別の犠牲に当たらないことは当裁判所の判例の趣旨に照らして明らかである」として、原判決を是認した。

1978.7.27
家事審判手続において当事者を直接審問しなくても違法不当ではないとした例。婚姻費用の支払いを命じた審判につき,審判期日を開き直接抗告人らの陳述を徴しなかったとしても、その措置を目して違法、不当なものということはできない。
[裁判所]東京高裁
[年月日]1978(昭和53)年7月27日決定
[出典]家月31巻8号50頁
[コメント]
本件では,原審の家事審判官が調査官に包括調査を命じ,調査官が抗告人と面接し,意見聴取し,その意見を家事審判官に報告した事実があり,その点も合わせ考慮して,違法不当でないとしたものと思われる。
 
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