2 教育の場で
2-1 教師から学生・生徒に対する事例
2-1-2002.06.11 S高校事件(石川)
 高校のクラブ活動の顧問X男が、部員であるA女を3回にわたり呼び出し、服を脱ぐように強制したり抱きつくなどしたことにつき、行為から10年以上経った提訴を消滅時効が成立しないとしたうえで、高校には債務不履行があったとして150万円の支払いを命じた事例
[裁判所] 金沢地裁
[年月日] 2002(平14)年6月11日判決《確定》
[出典] 判例集未登載
[事実の概要]
 高校のクラブ活動顧問X男(39)が、部員であるA女(17)を1990年3月までに3回にわたり呼び出し、服を脱ぐように強制したり、抱きつくなどした。A女は1991年3月に卒業し、2000年7月に、在学契約に基づく安全配慮義務違反があったとして、高校を被告として提訴。
[原告の請求] 500万円。
[判決の概要]
 150万円。証人X男および被告学校は原告の主張を全面否定したが、「原告の陳述はその内容も詳細であり、かつ、法廷での供述とも合致するものであるのに対し、X男の陳述及び証言は〔行為直後の話し合いを持った場で〕原告がX男から性的いやがらせを受けたとの話が出ていたか否かという重要な点について変遷して〔おり〕…その信用性は低い」。
 「被告としては、生徒との間の在学契約関係に基づき、教育活動の場において、在学中の生徒の生命、身体、健康などに危険が生じないように適切に配慮すべき義務(安全配慮義務)を有しているものというべきであり、かかる注意義務の一環として、生徒の性的自由、性的自己決定権を守り、教育活動の場において、生徒に対する性的嫌がらせ、性的暴力が行われないように適切に配慮すべき義務も有しているものと解するのが相当である」。「部活動も被告における教育活動の一環として行われているものといえる」。「X男は被告の履行補助者として、被告と同様に、本件クラブの活動に際し、生徒の生命、身体、健康等に危険が生じないように適切に配慮すべき注意義務(安全配慮義務)を有し…ていた…ところ、X男が原告に対して行った本件各行為は…原告の性的自由、性的自己決定権を著しく害する行為であり…故意に基づく行為である〔から〕、履行補助者であるX男の故意過失は、債務者である被告の故意過失と同視できる」。
 「消滅時効は権利を行使することができるときから進行するものであるところ(民法166条1項)…原告ら部員に対し、X男は逆らえない絶対的な存在であったことが認められ…さらに〔原告が部活動を辞めた後も〕原告は本件高校に在籍し…教育を受け、その下で短大への進学を目指していたのであるから…在学中に、被告を相手として損害賠償請求を行うことは、原告が従前通り本件高校において教育を受け…卒業し、短大へ進学することができるかどうにかについて、原告に多大の不安を与えるものであ〔り〕…さらに…損害賠償請求を行うことによって…X男から受けた性的嫌がらせの内容が、本件高校内に広まることも懸念されるところ、当時高校3年生であった原告にとって、かかる事態は耐え難いものであ〔るから〕、本件高校在学中に原告が被告に対し、損害賠償請求を行うことは著しく困難であったと解される」。したがって「消滅時効の起算点は、原告が本件高校を卒業した後である1991年4月1日と解するのが相当である」。
 【引用者注:( )は原文、〔 〕は引用者による挿入】
[ひとこと]
 被告は「行為から10年超後の提訴は信用性に乏しく、また、原告のように具体的かつ詳細に記憶しているとは解しがたい」と主張したが、判決は「10年以上の歳月を要したことは、行為内容と精神的苦痛に照らせば首肯しうるし、本件各行為は原告にとって日常茶飯事の出来事として忘れ去ることができるようなものとは到底解されないから、具体的かつ詳細な記憶は何ら不自然とは解されない」と斥けており、被害者心理を正しく理解した判断として非常に高く評価できる。新聞報道によるとX男は判決の3ヶ月前に高校を依願退職した。
[ふたこと]
 時効の起算点を卒業時にずらして救済したのは画期的。親子間で成人になってから時効が開始するとした判例4-4-2002.01.16と共通するものがある。