判例 働く女性の問題
1 賃金、昇進・昇格

1−2014.10.23 A社事件(広島)
妊娠をした女性が受けた降格処分につき、本人の承諾がない降格は原則として均等法に違反するとして、原告敗訴とした二審判決を破棄、差し戻しした事例
[最高裁第一小法廷2014(平成26)年10月23日判決 民集68巻8号1270頁、判タ1410号47頁、LEX/DB25446716]
[事実の概要]
理学療法士の女性(上告人)は、2004年、医療介護事業等を行う消費生活協同組合(被上告人)の病院のリハビリ科副主任に就任し、2007年に同科の副主任から、病院が経営する訪問介護施設の副主任となった。2008年、第二子を妊娠し、労働基準法65条3項に基づいて軽易な業務への転換を請求し、転換後の業務として、訪問リハビリ業務よりも身体的負担が小さいとされていた病院リハビリ業務を希望した。同年、被上告人は、女性をリハビリ科に異動させた。被上告人は、手続上の過誤により、異動の際に副主任を免ずる旨の辞令を発することを失念していたと説明し、渋々ながらも女性から了解を得、4月20日、3月1日付けでリハビリ科異動とともに副主任を免ずる旨の辞令を発した(本件措置)。
2009年10月12日、被上告人は、育児休業を終えて職場復帰した女性をリハビリ科から訪問介護施設に異動させた。女性は、自分よりも職歴の6年短い職員が副主任をしている下で勤務することとなった。女性は被上告人から育児休業を終えて職場復帰した後も副主任に任ぜられないことを知らされて強く抗議し、副主任を免じた措置は均等法9条3項に違反する無効なものであるとして、管理職(副主任)手当の支払い及び債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めて本件訴訟を提起した。現在は退職している。
原審(広島高裁平成24年7月19日)は、本件措置は上告人の同意を得た上で裁量の範囲内で行われたものであるとして、請求を棄却した(一審も請求棄却)。
[判決の概要]
妊娠、出産等を理由として解雇その他不利益な取扱いをしてはならない旨定める均等法9条3項の規定は、「女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る等の措置を推進する」という均等法の目的(1条)や「女性労働者の母性の尊重と職業生活の充実の確保」という均等法の基本理念(2条)に鑑みると、「これに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、女性労働者につき、妊娠、出産、産前休業の請求、産前産後の休業又は軽易業務への転換等を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、同項に違反するものとして、違法であり、無効であるというべきである。」
「一般に降格は労働者に不利益な影響をもたらす処遇であるところ、上記のような均等法1条及び2条の規定する同法の目的及び基本理念やこれらに基づいて同法9条3項の規制が設けられた趣旨及び目的に照らせば、女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解されるが、当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は事業主に置いて当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。」
「そして、上記の承諾に係る合理的な理由に関しては、上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって、上記措置の前後における職務内容の実質、業務上の負担の内容や程度、労働条件の内容等を勘案し、当該労働者が上記措置による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定したか否かという観点から、その存否を判断すべきものと解される。また、上記特段の事情に関しては、上記の業務上の必要性の有無及びその内容や程度の評価に当たって、当該労働者の転換後の業務の性質や内容、転換後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況、当該労働者の知識や経験等を勘案するとともに、上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって、上記措置に係る経緯や当該労働者の意向等をも勘案して、その存否を判断すべきものと解される。」
本件では、「上告人が軽易業務への転換及び本件措置により受けた有利な影響の内容や程度は明らかではない一方で、本件措置により受けた影響の内容や程度は管理職の地位と手当等の喪失という重大なものである上、本件措置による降格は、軽易業務への転換期間の経過後も副主任への復帰を予定していないものといわざるを得ず、上告人の意向に反するものであったというべきである。」それにもかかわらず、育休終了後の副主任への復帰の可否等について説明を受けた形跡はなく、上告人が自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできない。
また、被上告人における業務上の必要性の有無等も十分に明らかにされていない。
以上より、本件措置について、被上告人における業務上の必要性の内容や程度、上告人における業務上の負担の軽減の内容や程度を基礎付ける事情の有無などの点が明らかにされない限り、均等法9条3項の趣旨及び目的に反しないと認めるに足りる特段の事情の存在を認めることはできない。これらの点について十分審理した上で特段の事情の存否を判断することなく、均等法9条3項の禁止する取扱いに当たらないと判断した原審の判断には、審理不尽の結果、法令の解釈適用を誤った違法がある。
原判決を破棄し、被上告人における業務上の必要性の内容や程度、上告人における業務上の負担の軽減の内容や程度を基礎付ける事情の有無などの点について更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻すとした(裁判官全員一致、櫻井龍子裁判官の補足意見あり)。
[ひとこと]
妊娠や出産で女性が退職をせざるを得ないなどの問題は、2013年に連合がマタハラの意識調査を発表したこと等を契機に、「マタハラ」とし注目されるようになった。本件は、均等法9条3項に反しない特段の事情を立証する責任を使用者側に課すことによって、労働者の均等法違反の主張立証を軽減したものと考えられる。 差戻審である広島高裁は、2015年11月17日、降格を不当とする女性の訴えを認め、慰謝料など175万円の支払いを命じた(朝日新聞2015年11月18日朝刊(高島曜介記者))。