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判例 その他

2014.7.17−1、2
夫が単身同居中に懐胎した子について,その後,父母が別居し,母がDNA鑑定で父とされる男性と同居し共に5歳の子を養育している事案において,嫡出推定が及ぶとされた例
[最高裁第一小法廷2014(平成26)年7月17日判決 平成25年(受)第233号 判タ1406号67頁、判時2235号21頁、LEX/DB25446514]
[同日付最一小判平成24(受)第1402号 原審札幌高裁 同旨 民集68巻6号547頁、判タ1406号59頁、判時2235号14頁、LEX/DB25446515]
同日付最一小判平成26年(オ)第226号原審高松高裁は,2014.7.17−3参照
[事実の概要]
夫婦は2004(平成16)年に婚姻し,上告人夫は2007(平成19)年より単身赴任したが,夫は単身赴任中も妻甲のところに月2,3回程度帰っていた。妻は2007年,男性乙と親密に交際するようになった。しかし,妻は,その頃も夫と共に旅行をするなどし,夫婦の実態が失われることはなかった。
妻は,2009(平成21)年,女児を出産し,夫は,保育園の行事に参加するなどして,子を監護養育していた。夫は,2011(平成23)年,妻と乙の交際を知った。
妻は,2011年,子を連れて自宅を出て別居し,同年から,子と共に,男性乙及びその前妻との間の子2人と同居している。子は乙を「お父さん」と呼んで,順調に成長している。
子側で2011(平成23)年に私的に行ったDNA検査の結果によれば,乙が子の生物学上の父である確率は99.99%であるとされている。
妻は,2011年,被上告人子の法定代理人として,親子関係不存在確認請求の訴えを提起 した。
妻は夫に対し,2012(平成24)年に離婚訴訟を提起した。
原審(大阪高裁)は,次のとおり判断して本件訴えの適法性を肯定し,被上告人(子)の請求を認容すべきものとした。
「上記のDNA検査の結果によれば,被上告人が上告人の生物学上の子でないことは明白である。また,上告人も被上告人の生物学上の父が乙であること自体について積極的に争っていないことや,現在,被上告人が,甲と乙に育てられ,順調に成長していることに照らせば,被上告人には民法772条の嫡出推定が及ばない特段の事情があるものと認められる。」夫より上告した。
[判決の抜粋]
「…原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するためには,夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし,かつ,同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは,身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる(最高裁昭和54年(オ)第1331号同55年3月27日第一小法廷判決・裁判集民事129号353頁,最高裁平成8年(オ)第380号同12年3月14日第三小法廷判決・裁判集民事197号375頁参照)。そして,夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,子が,現時点において夫の下で監護されておらず,妻及び生物学上の父の下で順調に成長しているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。このように解すると,法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが,同条及び774条から778条までの規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。
もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから,同法774条以下の規定にかかわらず,親子関係不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である。・・しかしながら,本件においては,甲が被上告人を懐胎した時期に上記のような事情があったとは認められず,他に本件訴えの適法性を肯定すべき事情も認められない。」として,第1審判決を取り消し,本件訴えを却下した(GAL注 訴訟要件のない違法な訴えとして却下となる)。

(裁判官金築誠志の反対意見)
「法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることを民法が容認していることは,多数意見の指摘するとおりであるが,民法が生物学上の父子関係をもって本来の父子関係とみていることは,血縁関係の有無が嫡出否認の理由の有無や認知の有効性を決定する事由とされていることからも明らかであろう。本件において,・・もし親子関係不存在確認の訴えが認められないとすれば,B(夫)との法律上の親子関係を解消することはできず,C(鑑定による父)との間で法律上の実親子関係を成立させることができない。血縁関係のある父が分かっており,その父と生活しているのに,法律上の父はBであるという状態が継続するのである。果たして,これは自然な状態であろうか,安定した関係といえるであろうか。確かに親子は血縁だけの結び付きではないが,本件のように,血縁関係にあり同居している父とそうでない父とが現れている場面においては,通常,前者の父子関係の方が,より安定的,永続的といってよいであろう。子の養育監護という点からみても,本件のような状況にある場合,Bが子の養育監護に実質的に関与することは,事実上困難であろう。また将来,Bの相続問題が起きたとき,Bの他の相続人は,子がCではなくBの実子として相続人となることに,納得できるであろうか。
Cと親子になりたければ,養子縁組をすればよいという意見もあるが,法的な効果に変わりはないとしても,心情的には実子関係と異なるところがあろう。血縁関係のないBとの法律上の父子関係が残るということも,子の生育にとって心理的,感情的な不安定要因を与えることになるのではないだろうか。さらに,Bとの法律上の父子関係が解消されない限り,Cに認知を求めるという方法で,子が自らのイニシアチヴによりCとの法律上の父子関係を構築することはできないのであって,Bに対する親子関係不存在確認の訴えを認めないことは,子から,そうした父を求める権利を奪っているという面があることを軽視すべきでないと思う。それとともに,本件のような場合は,Bとの法律上の父子関係が解消されたとしても,直ちに,Cという父を確保できる状況にあるということもできる。
民法が,嫡出推定を受ける子について,原告適格及び提訴期間を厳しく制限した嫡出否認の訴えによるべきこととしている理由は,家庭内の秘密や平穏を保護するとともに,速やかに父子関係を確定して子の保護を図ることにあると解されている。そうすると,夫婦関係が破綻し,子の出生の秘密が露わになっている場合は,前者の保護法益は失われていることになるし,これに加え,子の父を確保するという観点からも親子関係不存在確認の訴えを許容してよいと考えられる状況にもあるならば,嫡出否認制度による厳格な制約を及ぼす実質的な理由は存在しないことになるであろう。
私は,科学的証拠により生物学上の父子関係が否定された場合は,それだけで親子関係不存在確認の訴えを認めてよいとするものではなく,本件のように,夫婦関係が破綻して子の出生の秘密が露わになっており,かつ,生物学上の父との間で法律上の親子関係を確保できる状況にあるという要件を満たす場合に,これを認めようとするものである。嫡出推定・否認制度による父子関係の確定の機能はその分後退することにはなるが,同制度の立法趣旨に実質的に反しない場合に限って例外を認めようというものであって,これにより同制度が空洞化するわけではない。形式的には嫡出推定が及ぶ場合について,実質的な観点を導入することにより,嫡出否認制度の例外を認めるという点では,外観説と異なるものではない。
外観説を超えて,本件のようなケースでの親子関係不存在確認の訴えを認めると,その要件が不明確になるという批判が予想されるが,夫婦関係の破綻は,離婚訴訟において日常的に認定の対象としている要件であり,子の出生の秘密が露わになっていること,生物学上の父との法律上の親子関係を確保できる状況にあるという要件も,とくに不明確ということはないと思う。外観説は,一般的にいえば,夫婦関係の内部に立ち入らずに判断することができ,要件該当性の点でも明確な場合が多いとはいえようが,例えば,最高裁平成7年(オ)第1095号同10年8月31日第二小法廷判決・裁判集民事第189号437頁の事案では,性交渉ないしその機会の有無等をも認定して婚姻の実態の存否を判断しているのであって,こうしたケースでは要件の明確性の差はあまりないといえよう。
親子関係不存在確認の訴えについては,法律上の利害関係のある者であれば誰でも提起できるとされていることが,その適用範囲を広げることに消極的な態度を採る理由とされることも考えられる。…むしろ,本件では,母が子の法定代理人として訴えを提起していることについて,本当に子の利益を考えてのことか疑問を呈する向きがあるかもしれない。その点に疑いがある事案では,本件で行われているように,子に特別代理人を選任することが適当であろう(特別代理人は,子の現状を調査の上,親子関係の不存在を確認することが望ましい旨の意見を述べている)。そもそもの原因は妻の不倫にあることから,本件親子関係不存在確認の訴えを認めることに躊躇を覚えるということもあるかもしれないが,この点は外観説でも同様であり,父子関係の確定という子がそのアイデンティティの問題として最大の利害関係を持つ事柄について,そういった事柄を訴えの適否に影響させることは相当ではないと思われる。
身分法においては,何よりも法的安定性を重んずるべきであり,法の規定からの乖離はできるだけ避けるべきだという意見があることは十分理解できるが,事案の解決の具体的妥当性は裁判の生命であって,本件のようなケースについて,一般的,抽象的な法的安定性の維持を優先させることがよいとは思われない。
家庭裁判所の実務においては,家事事件手続法277条(旧家事審判法23条)の合意に相当する審判により,嫡出推定を否定する方向でこの種の紛争の解決が図られることが少なくなく,外観説の枠に収まらない運用もなされていると紹介する文献もある。このような運用がなされているとすれば,具体的に妥当な解決を図る目的で,嫡出否認制度の厳格さを回避するために生まれた運用ではないかと思われる。本件のような事案の解決においても民法772条により推定される父の意思が決定的に重要であると考えるなら別であるが,そうとは考えられないのであって,このような合意に相当する審判の運用と,本件において親子関係不存在確認の訴えを認めることとの距離は,それほど遠いものではないように思われる。
なお,親子関係不存在確認の訴えが適法とされる場合を広げると,DNA検査の強制や濫用的利用につながるのではないかと危惧する向きもあるようであるが,DNA検査は,現在既に認知訴訟等においてだけではなく,訴訟以外の場面でも広く利用されており,本件のような親子関係不存在確認訴訟を認めるか否かに関わりなく,濫用的利用のおそれは存在している。濫用防止等のために,立法ないし法解釈上一定の規制が必要であるとすれば,それはそれとして検討すべきことであろう。本件において強制や濫用的利用の問題があるわけではなく,DNA検査の結果親子関係の有無が明らかになることは,濫用的利用等がなくとも今後も生じ得るのであるから,本件において親子関係不存在確認の訴えを認めるかどうかの問題とは,切り離して考えるべきであると思う。」

(裁判官白木勇の反対意見)
「…金築裁判官の意見に賛同するものである。…父子間の血縁の存否を明らかにし,それを戸籍の上にも反映させたいと願う人としての心情も法律論として無視できないものがある。そこで,当審判例は,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存する場合には,その子は実質的には民法772条1項の父子関係の推定を受けないとしてきた(多数意見の引用する昭和44年5月29日第一小法廷判決以下の3つの最高裁判決参照)。このことは,民法の規定する制度がもはや本来の姿のままでは維持できない事態に至っていることを意味するというべきであろう。
近年,科学技術の進歩にはめざましいものがあり,例えばDNAによる個人識別能力は既に究極の域に達したといわれている。検査方法によっては,特定のDNA型が出現する頻度は約4兆7000億人に一人となったとされる。世界の人口は約70億人と推定されるから,確率的には,同一DNA型を持つ人間は地球上に存在しない計算になる。この技術により,父子間の血縁の存否がほとんど誤りなく明らかにできるようになったが,そのようなことは,民法制定当時にはおよそ想定できなかったところであって,父子間の血縁の存否を明らかにし,それを戸籍の上にも反映させたいと願う人情はますます高まりをみせてきているといえよう。
以上の事情を踏まえると,民法の規定する嫡出推定の制度ないし仕組みと,真実の父子の血縁関係を戸籍にも反映させたいと願う人情とを適切に調和させることが必要になると考える。その実現は,立法的な手当に待つことが望ましいことはいうまでもないが,日々生起する新たな事態に対処するためには,さしあたって個々の事案ごとに適切妥当な解決策を見出していくことの必要性も否定できないところである。本件においては,夫婦関係が破綻して子の出生の秘密が露わになっており,かつ,血縁関係のある父との間で法律上の親子関係を確保できる状況にあるという点を重視して,子からする親子関係不存在確認の訴えを認めるのが相当であると考えるものである。」

(裁判長裁判官白木勇 裁判官 櫻井龍子 裁判官金築誠志 裁判官横田尤孝 裁判官 山浦善樹)
[ひとこと]
同日付で3事案において,最高裁判所は,従前通り,民法772条の解釈において外観説を採用することを明らかにした。本件では,家庭破綻説とみられる原判決を破棄した。裁判官出身の2人の判事が,反対意見を述べていることは特徴的である。民法772条に関し,当事者に直接接する家庭裁判所の実務の実態・苦労を反映しているのではないかとも思われる。なお,従来の外観説の判例自体が,民法772条は,本来の姿のままでは維持できない事態に至っていることを意味するとの白木裁判官の指摘はその通りであると思われる。民法772条については,改正の提案が活発に行われている。
幼い子につき,同居の男性を,子本人が「父」と信じている場合には,法律上の父の面会交流は,直ちには認めないのが,家裁の面会交流の実務の現状である。子の健全な成育のためには,適切な時期に,適切な方法で真実告知をすべきであるからであろう。本件では,法律上の父には,直ちに面会交流が認められるかは極めて疑問である。しかし,父には養育費支払義務が発生し(鑑定上の父と縁組をすれば,その義務の程度は低くなる),子に相続権が発生することになる。

 
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